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絶対無敵! グレートマザー再び!! 11


 おキヌは扉が並ぶ暗闇の通路に立ち途方に暮れていた。
 彼女の記憶に残る、昨夜の最後の状況を考えるに、敵はおキヌがかつて令子、冥子、横島と共に戦った、悪魔ナイトメアで間違いないだろう。そして、おキヌは現在横島の精神――夢の中に取り込まれている。
 元々ナイトメアが取り憑いていた元組長から横島に移ったと考えれば、元組長は解放されたのだろうか。
 また、部屋に居た他の面々が取り込まれている可能性も考えなければならない。かおり、メリー、美奈、タマモ、テレサ、それに冥子と考えられるだけで自分以外に六人、この夢の中に取り込まれている可能性がある。
「皆も、この中のどれかに入ってる……のかな?」
 おキヌが途方に暮れるのも、無理のない話である。他の者達も取り込まれているかも知れない。しかし、確証は無い。つまり、本当に居るのかどうか分からない状態で、かおり達を探さねばならないのだ。しかも、この無数に並ぶ扉の中から。
「確かこれって、一つ一つが記憶なのよね?」
 扉の向こうには、先程までおキヌがいた以前横島が住んでいたアパートの部屋のような、彼の記憶がある。正直興味津々ではあったが、実際に一つ一つをしらみ潰しに探していくのは気が引けた。
 どうやって他の面々を捜したものかと考えていると、おキヌは暗闇の中に、わずかに光が差し込んでいる事に気付いた。
 それは扉から漏れ出している光であった。よく見るといくつかの扉から光が漏れており、それらの扉だけが、うっすらとその輪郭を暗闇の中で浮かび上がらせている。
 おキヌはその内の一番近い扉にそろそろと近付いて行った。扉に耳を当てて中の様子を窺ってみるが、何も聞こえない。
 だが、自分でも横島でもない何者かの気配を感じる。おキヌは扉の前で一度大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、勇気を振り絞ってドアノブをぐっと握った。
 

 扉の向こうは、悪霊が群を成す戦場だった。長い髪をなびかせ、かおりは戦場に咲く大輪の華と化している。
 身体にフィットし、肩と胸元を露出させた、ボディラインが露わになるワンピース。スカート丈のかなり短い、所謂「ボディコン」と呼ばれる服に身を包み、足下はハイヒールで飾っている。平たく言ってしまえば、美神令子のトレードマークとも言える格好だ。流石に一部分は本家よりも少し後れを取っているが。
「横島さん、ここは私に任せてください!」
 手にした神通棍で悪霊を薙ぎ払い、横島のために進路を切り開く。
「流石、かおりちゃん! やっぱり、頼りになるな!」
 かおりはGSになっていた。美神令子と並び称される、横島も頼りにする敏腕GSだ。その凛とした立ち姿、颯爽と歩く様は六女の後輩達の憧れの的であった。
「あぁ、私とうとう憧れのGSに……!」
 まるで夢のようだ。かおりが横島の家に赴き、皆と修行に励んでいるのは、正にこうなる事を目指しているのだ。
 仮にも師と仰ぐ横島にまで頼りにされる。自分と同年代だと言うのに、既に自分の事務所を築き上げ、業界でも注目されている。かおりの彼に対する想いは、令子に対する憧れに近いものがあった。それだけに嬉しくてたまらないのだろう。かおりは喜びのあまり恍惚とした表情を浮かべていた。

「……あの、何してるんですか?」
 そんな彼女の姿を、おキヌが困った表情をして見ていた。
「あ、あら、おキヌさん……どうしてここに?」
 その声に、急遽現実に引き戻されてしまったかおりは、頬を赤く染めながらほほほと笑って誤魔化す。
「気付いてなかったんですか? ここ、夢の中ですよ」
「……え゛?」
 ナイトメアの存在を知っているかどうかが明暗を分けたのか、それともあのアパートの部屋に横島が居なかったからかは分からないが、おキヌとは異なり、かおりは完全に夢の世界にトリップしていたようだ。
 おキヌに声を掛けられた事で我に返ったかおりは、自分がかなり露出度の高い格好をしている事に気付いて恥ずかしそうだ。令子に憧れてこそいるが、彼女自身はもっと楚々とした服装を好む。
「な、なんで、私がこんな格好を……」
「横島さんの夢だからかしら?」
「え、そうなの?」
「あ、でも、前にかおりさんは、美神さんみたいにはなって欲しくないって言ってたから違うかも」
 その露出度の高い格好に横島の願望が反映されたのではないかと考えたおキヌだったが、すぐにそれは無いと考え直した。
 と言うのも、横島はかおりの事を知った時から、令子に憧れるのは良いが、悪い部分まで真似してくれるなと考えていたのだ。この事は、おキヌも横島がまだ除霊助手だった頃に聞いたことがある。
「……かおりさん、もしかしてそう言う願望ありません?」
「えぇっ!?」
 おキヌは考えた。もしかしたら、横島の記憶だけでなく自分達の夢も影響しているのではないかと。
 かおりが令子に憧れている事は皆知っている事だ。そして横島の記憶の中に令子と共に悪霊と戦うものがあるのは当然である。かおりはその中の令子の位置に納まってしまったのではないかと、おキヌは考えた。
「た、確かに私は令子おねーさまの様になりたいと思ってたけど、別にファッションまで真似したいとは……」
「そこは、横島さんの記憶と混ざってしまったとしか……」
「そ、そうよね。横島さんはおねーさまをずっと見てきたんですものね……今度、ハッキリと言っておかないと」
 肩をさらけ出した格好が恥ずかしいのか、かおりは両手で肩を覆い隠そうとしているが、ハッキリ言って焼け石に水である。何か羽織る物があれば良いのだが、生憎とかおりが居た部屋は悪霊ばかりで、その悪霊も、先程までかおりの隣に居た横島も今は消えている。上着になりそうな物はひとつも残っていなかった。
「おキヌさんはどんな所だったの?」
「横島さんが以前住んでいたアパートの部屋でしたけど」
「洋服タンスはあった? それなら、何かあるかも……」
「あ、そうですね」
 そう言って二人は部屋を出て暗闇の廊下に戻る。かおりは真っ暗闇の床すら見えない廊下に驚いた様子だったが、おキヌが平然と出たのを見て、ぎゅっと拳に力を込めて一歩踏み出す。二人が廊下に出ると背後で音を立てて記憶の部屋の扉が閉まった。
 続けて自分が居た部屋がある方に視線を向けたおキヌは、そこである変化に気付いて「あれ?」と声を上げる。
「私が出てきた扉、どれだっけ?」
「まさか、分からないの?」
「さっきまで扉から光が漏れてたんですけど……ほら、向こうみたいに」
 言われてかおりが反対側に視線を向けてみると、確かにずらっと暗闇の果てまで並ぶ扉の内いくつかから光が漏れ、うっすらと扉が闇の中に浮かび上がっていた。もしやと思い、振り返って自分達が出てきたばかりの扉を見てみると、かおりの予想通り扉から漏れる光は消え去っていた。
 どうやら、中に横島以外の者が居る扉から光が漏れているらしい。
「どうしよう、一つ一つ調べるしかないのかな……?」
「流石に、殿方の記憶を見て回るのは気が引けるわね。仕方ないわ、このまま進みましょう」
 多少の恥ずかしさは自分さえ我慢すればそれで済む。かおりは、この状況を打破する事を優先すべきだと判断した。まだ頬は紅かったが。


 二人は次の扉の前に立った。彼女達の視界にはいくつか光る扉が見えているので、その内の近い順から開いて行こうと言う訳だ。
 揃って扉に耳を近付けてみるが、やはり何も聞こえない。かおりも中では悪霊と戦って大声を張り上げていたはずだが、その声はおキヌには届いていなかった。やはり、中の音は一切漏れないのだろう。
「それじゃ、私が開けますわ」
 かおりの言葉に、おキヌはコクリと頷き一歩下がった。普段着の洋服しか着ていないおキヌとは異なり、かおりは着ている物こそ露出度の高いボディコンとは言え、手には神通棍を持っている。扉の向こうに何があるか分からない以上、霊能力を駆使しての白兵戦を得意とするかおりが前面に立つのは当然の事であった。

「あと百回!」
「ハイ、師匠!」
 扉の向こうには珍妙な光景が広がっていた。
 どうやら、部屋に居るのはメリーのようだ。霊能力の師を求め、横島を師匠と呼びたいと言う彼女の願望が反映されたのだろうか。その部屋は一見横島家の庭のようだが、その割には広すぎる奇妙な空間であった。サングラスを掛け、ジャージを着た横島が、メリーを厳しく指導している。
「それにしても……」
「どうして……」
 ただし、一つだけ不可解な点があった。
「「……水着なんか着てるの?」」
 それは、メリーが水着姿だと言う事だ。しかも、ビキニである。日差しを浴びて煌めくブロンドに白い水着が映えていた。横島の家に集う六女の面々の中でも屈指のスタイルの良さを誇るメリーには良く似合っている。きっと横島も喜ぶだろう。ただし、それが師弟の修行風景には似つかわしくない物である事は間違いないだろうが。
「とにかく、声を掛けましょう!」
「そ、そうね」
 呆気に取られ、また彼女のたわわな胸に目を吸い寄せられて敗北感に打ちひしがれていた二人は、ハッと我に返り修行に励むメリーの手を取って声を掛けた。
 声を掛けたられたメリーはすぐに正気に戻り、自分がビキニ姿である事に気付くと、恥ずかしそうにしゃがみ込む。
 そうなのだ。メリーは体格の良いその外見とは裏腹に小心者の一面を持っている。ほぼ毎日のように横島の家を訪れて修行しているにも関わらず、彼の事を「師匠」と呼べない理由は、一言で言ってしまえば、メリーが恥ずかしがっているためであった。実際、何度か本人を前にしてそう呼ぼうとした事はあるのだ。その度に怖じ気付いて失敗していたが。
 おキヌはメリーに状況を説明しながら考えた。もし、メリーが自分で水着を選んだとしても、こんな大胆な白のビキニを選ぶ事はないだろう。もっとおとなしいデザインの物になるはずだ。つまり、ここにも「横島の願望」が混ざっているのである。
「……いや、違うかも」
 そこまで考えて、おキヌは自分が考え違いをしている事に気付いた。
 ここは精神構造をイメージ化した城だ。異物はむしろ、自分達の方ではないかと。もっとも、おキヌはまだここが「横島の城」であると言う確信は持てずにいる。何故なら、ここまでに見た三つの部屋の光景は、きっと「おキヌの城」にもあるものなのだから。
 ビキニ姿のままでいるのが恥ずかしいメリーは、せめてジャージの上着だけでも借りる事が出来ないかと横島の方を振り返るが、いつの間にか彼の姿も消えていた。
「こ、この格好で行かなきゃいけないの? 横島さんもどこかに居るかも知れないんだよね?」
「我慢しなさい! 私だって恥ずかしいんだから!」
「レベルが違うよぉ〜」
 恥ずかしさのあまり動けなかったメリーだったが、かおりに一喝されて渋々立ち上がった。もっとしゃんとしろと言い掛けたかおりだったが、二人の身長差のため、彼女に敗北感を与えるモノが目の前に来てしまい、思わず言葉を詰まらせてしまう。
「と、とにかく、急ぎましょう。ナイトメアを倒せば目が覚めて元に戻るはずですから」
 おキヌに促されて、かおりとメリーは部屋から出る。メリーはやはり暗闇の廊下に驚いた様子だったが、先に廊下に出るおキヌとかおりの姿を見て、慌てて廊下に飛び出した。その背後でバタンと扉が閉まる音がして、ビクッと肩を震わせて振り返るが、そこには閉ざされた扉があるのみである。
 ほっと胸を撫で下ろすも束の間、おキヌとかおりは次の扉に向けて歩き出した。メリーが着ている物は水着だけだったが、幸い肌寒さは感じない。かと言って暑いと言う訳でもなく変な感じだ。おキヌから聞いていた通り、ここが夢の中だからかもしれない。メリーは首を傾げながら、足早に二人の後を追った。


 三人で次の扉を開けて、そっと中を覗き込んで見ると、こちらの部屋はかおり、メリーの居た部屋とは打って変わって静かな部屋であった。
 まず、かおりが中に入ろうと一歩踏み出すと、その足はふにょんと床にめり込み、転びそうになってたたらを踏んでしまう。
「な、なにこれ?」
「かおり、キヌ、見て。この部屋、床も壁も皆柔らかいよ」
 メリーが柔らかい壁を押さえながら驚きの声を上げる。丁度扉がある位置に立っているため、左目は柔らかい何かに囲まれた部屋を、右目は暗闇の廊下を見ている。夢だと分かっていても奇妙な光景だ。
「扉から光が漏れてたって事は、ここに誰かいるのよね?」
「多分、そうだと思います」
「一体誰が……」
 謎の床は適度な弾力があるのだが、それが余計にこの部屋を歩きにくくさせていた。まともに立っていられないため、おキヌ達は四つん這いになって部屋の中を進んでいく。
「こ、この子は……」
 そして一行はようやくそれを発見した。
「ZZZ……」
 おキヌ達が見たのは二人仲良く並んで眠る、美菜と横島の姿であった。すやすやと寝息を立てる美菜。なんと、彼女は夢の中でも眠っていたのだ。
「て言うか、これパジャマ?」
「え、寝にくくないですか?」
 眠る美菜の姿は正しく「眠れる獅子」であった。美菜はゆったりとした、これまた柔らかそうなライオンの着ぐるみに身を包んでいる。ライオンの口の部分が開いており、そこから顔を出していなければ、美菜と判別出来なかったかも知れない。今の彼女は子供向けの番組に登場してもおかしくないような姿であった。
 並んで眠る二人の姿に一瞬眉を吊り上げかけたおキヌであったが、これでは流石に怒る気にもなれない。
「は、早く起こしましょ!」
「そ、そうだね!」
 かおりとメリーが頬を染めながら美菜を揺さぶる。どうしたのかとおキヌは疑問符を浮かべるが、横島の方に視線を向けてその理由に気付いた。横島の格好だ。最近は薫、澪、葵、紫穂と同じ部屋で寝るようになり、恥ずかしがる葵に言われてパジャマを着るようになったのだが、元々横島はシャツに下着だけで眠っていたのだ。今の彼はその頃の格好である。おキヌは幽霊だった頃に何度か見た事があったが、年頃の少女達には目の毒であろう。
「……ハッ、ここで恥ずかしがらないって変なのかしら?」
 早く美菜を起こそう、彼女が起きればこの横島も消えるに違いない。そう考えて美菜を揺さぶる二人を眺めながら、おキヌは自分の反応が彼女達とは少しズレている事に気づき、愕然としていた。

「んん……なに? もう交代の時間?」
 そんな事をのたまいながら美菜は目を覚ました。どうやら彼女は昨夜元組長の別荘でモニタの監視を交代してからずっと眠り続けていたらしい。
 ムクリと美菜が起き上がると同時に、隣に寝ていた横島の姿はフッと掻き消える。それを見て、かおりとメリーは一安心と言ったところだ。自分達は正気に戻った時点で横島が消えたのであまり気にしていなかったが、今は二人揃って恥ずかしい格好をしているのだ。記憶の横島とは言え、今の自分の姿をあまり見られたくない。
 おキヌは先程と同じようにナイトメアの事を美菜に説明する。すると彼女は驚きに目を丸くした。「朝起きたら、悪魔のせいでまだ夢の中でした」などと言われては驚くなと言う方が無理な話であろう。
「て言うか、おキヌはともかく、かおりとメリーはなんでそんな格好を?」
「貴女にだけは言われたくないわ」
 確かに、ライオンのぬいぐるみのような姿をしていては説得力が無いだろう。少なくとも、かおりは普通に街中を歩けるし、メリーは海やプールでならば何の問題も無い格好である。二人とも恥ずかしくて拒否するだろうが。
「………」
「な、なによ」
 やはり気になるのか、美菜はじーっとメリーの胸を凝視している。メリーが恥ずかしがって、腕で胸を隠そうとするが、それよりも早くに美菜はその胸に顔を埋めるように倒れ込んだ。
「いいまくら……」
「って、コラ! 寝るなー!」
 まだ眠いらしい。美菜はメリーにもたれかかった。普段ならばそのまま支えられていただろうが、今は足場が悪い。かおりとおキヌが咄嗟にメリーを支えようとするが、足場が悪いため、そのまま四人でもつれるように倒れてしまった。
「そう言えば、バスの中でも美菜さんはメリーさんの胸を枕に寝てましたわね」
「あ、もしかして美菜さんってそれを夢に見てたんじゃ?」
「え、まさか、この部屋って私の胸?」
 言われてメリーは自分の胸を触って確かめてみるが、確かに感触が似ているような気がする。いくら女同士とは言え、これは恥ずかしい。気恥ずかしくなった三人は、再び美菜を起こすと、そそくさと部屋を出るのだった。


「ねぇ、私達が居た部屋は横島さんの記憶と私達の記憶が混ざってるかも知れないのよね?」
 暗闇の廊下に出たところでメリーがおキヌに尋ねた。その頬はまだ紅い。
「え、ええ、これまでの皆が居た部屋を見る限り、おそらく間違いないかと」
 その返事を聞いてメリーは恥ずかしそうに俯いた。
「て事は、美菜が居た部屋も残るって事なのかな?」
「あ〜……そうかも知れませんね。ナイトメアを倒すと戻る可能性もありますけど」
 仮に残るとすれば、美菜が居た部屋の記憶はバスの中でメリーの胸を枕にして眠った時の身体が覚えている記憶であろう。あの部屋に居た横島にしてみれば、「メリーの胸に下着姿で埋もれて眠る記憶」である。これが横島の中にも残ると言うのは、恥ずかしいどころの話ではない。
 それだけではない。美菜のライオンは謎だが、ボディコン姿のかおりにビキニ姿のメリー、これらの記憶が横島に残るとなれば大変である。
「わ、私は、おねーさまのような立派なGSになりたいだけでなく、令子おねーさまそのものを目指していると言うの……? いえ、そんな事は無いはずよ。女たるもの、もっと慎みを持たないと」
「こんな大胆な水着を着るのが私の願望? でも、もっと大胆になれたらって思う事はあるし……もっと勇気を出せって事なのかな?」
 かおりとメリーは揃って頭を抱えてしゃがみ込んだ。
 おそらく横島の記憶も混じっているので、一概に彼女達の願望のみとは言えないのだが、二人とも何かしら思うところがあったらしい。
 自分達の願望も混ざっているかも知れないとなると、何も言う事が出来なかった。こうなれば、ナイトメアを倒せば元通りになる事を祈るばかりだ。
「確かに、ずっと寝てられるなら幸せだよね〜」
「美菜さん、暢気ですね。と言うか、ナイトメアは人をそんな風にしちゃう悪魔ですから、誘惑に負けないようにしてくださいね」
「オッケー、オッケー。もう目が覚めたから」
 そう言って笑う美菜の頭には、かおりとメリーのげんこつによって出来たたんこぶがあった。少し涙目なのはご愛敬である。

「願望、か……」
 三人に見えないように、おキヌは彼女達に背を向けてこっそりため息をつく。
 部屋で見た光景は横島の記憶と自分の記憶、願望が混ざったもの。だとすれば、自分があの部屋で見た光景は何だったのだろうか。
 横島の姿が見えなかったのは、おキヌが自力で正気に戻ったため、他の部屋と同じように消えてしまったのだろう。おそらく、彼女が正気に戻る前は、あの部屋にも横島が居たはずだ。
 ならば、あの彼が以前住んでいたアパートの一室で二人。おキヌは一体何を望んでいたと言うのか。
 そこまで考えたおキヌは、答えが見えたような気がして、ポツリと小さく呟いた。
「……イヤな子だな、私」
 彼女は最近悩んでいた。横島が独立して以来、自分と彼の間に距離が開いてしまったのではないかと。
 また、独立を切っ掛けに彼の周囲は慌ただしく変化していった。GS協会との繋がりを持ったと言う事や、令子の助手としてではなく、一人のGSとしてエミや西条達と新しい関係を築いていったと言うのもあるが、おキヌにとってはそれよりも六女の面々が彼の新しい家を訪れるようになった事の方が大事である。
 令子の下に居た時のようなセクハラをせずに真面目に修行を見てくれる姿に驚きはしたが、おキヌは皆の視線があるから我慢しているのだと言う事がすぐに分かった。他の皆には分からない事を自分だけが分かっていると少し優越感に浸っていたおキヌだったが、しばらくすると、それが危機感に変わり始める。
 きっかけは、かおりの横島を見る目が変わった事だ。元々令子に対して憧れの視線を向けていた彼女だったが、それを横島にも向けるようになったのだ。セクハラをしない事に関しては、自制出来るまでに成長したのだと判断したらしい。実際、自制している事は確かなので、それ自体は間違ってはいない。
 とは言え、かおりの想いはあくまで尊敬の念であり、おキヌの抱くそれとは異なるものだ。そのため、この時点では危機感と言っても大したものではなかった。魔理もまた、横島が独立する前にエミの下で一緒に仕事をして彼の事を見直していたが、おキヌはそれも横島が褒められていると笑って聞く事が出来た。
 横島の簡易式神対おキヌ達による模擬戦が行われて以降、一時期は大勢の六女の生徒達が横島の家に出入りしていた。しかし、それも一過性のものでやがて落ち着いていく。最後まで残り、毎日のように家を訪れて修行するようになったのは、クラス対抗戦で顔を合わせた例のメンバーであった。問題はこの面々だ。
 彼女達は除霊助手時代の横島の事をほとんど知らず、独立後の彼の事しか知らない。無論、かつてクラス対抗戦に令子と共にゲストで訪れた事は覚えていたが、あの時は令子のオマケ扱いで、皆あまり注目していなかったようだ。「ああ、そう言えば居たね」程度にしか覚えられていない。
 そのため、彼女達にとっての横島は、真面目に修行を見てくれる、頼りになる業界の先輩であった。彼を見る目が概ね好意的なものになるのも無理の無い話である。
 横島の家で過ごしている内に、彼女達も横島が我慢しているだけだと知る事になる。だが、人間とは不思議なもので、好意的に見ている人間の悪い部分を知っても「あばたもえくぼ」となってしまう。実際にセクハラ被害を受けた訳ではないため、彼女達の好意的な視線が揺らぐ事はなかった。
 また、薫達妹に対し良い兄であった事も、株を上げた一因であろう。
 そんな彼女達の様子に危機感を募らせていたのがおキヌである。どんどん横島が自分から離れていくような錯覚を覚えたのだ。
 無論、それが錯覚である事はおキヌ自身が一番良く分かっている。自分が、横島が、離れたわけではない。正確には今まで彼の周りにいなかった面々が、彼に近付いていったのだ。

 あのアパートの部屋。あれが何を意味するのか、おキヌは理解していた。
 あれはおキヌの願望である。あの頃に戻りたいのだ。令子、横島、そして自分だけの美神令子除霊事務所だったあの頃に。
 おキヌはパンッと自分の両頬を叩いて気合いを入れた。横島は成長したのだ。独立し、自分の事務所を持ったのだ。それを祝福しないでどうする。
「私から、行かないと」
 そう、横島に戻ってきてもらうのではない。自分から、彼を追い掛けて近付いていかなくてはいけないのだ。
「おキヌさん、行きましょうか」
 いつの間にか、かおり達も立ち直ったのか、そろそろ先に進もうと声を掛けて来た。ただ単に開き直っただけかも知れないが。
「分かりました、行きましょう!」
 おキヌは力強く答えて歩き始める。奇しくもナイトメアの見せた夢は、彼女の悩みを露わにし、やるべき事を教えてくれた。
 今はまず、ナイトメアを倒そう。ナイトメアに取り憑かれた横島を助けない事には何も始まらないのだから。


「残りの光ってる扉は二つか」
「あれ? 数が足りなくない?」
 次の扉の前にたどり着いた一行の前には、隣り合わせに並ぶ二つの光が漏れる扉があった。更に向う側にも視線を向けてみるが、全く光が見えない。微かな光と言えども暗闇の中では目立つ。こうして通路を見回しても光が見えないと言う事は、この二つ以外に光が漏れている扉は無いと考えて良さそうだ。
「テレサさんがいないのかしら? あの人はアンドロイドだし」
「冥子さんが取り込まれていないのかも知れませんよ。以前ナイトメアと戦ったとき、あの人に精神攻撃をしようとして、ナイトメアの方がダメージ受けてましたから」
「……スゴイんだね、冥子先輩」
 おキヌの説明に美菜は呆れ顔であった。
 とにかく、扉を開けてみれば誰が取り込まれているかは分かるだろう。おキヌ達は手前の扉から開けてみる事にする。

「ほら、横島! 稲荷寿司を買ってきなさい!」
「ハッ、ただいま」
「そうそう、きつねうどんも忘れないでね」
「お任せください」
「あ〜、疲れたわね〜」
「肩をお揉みしましょう」

 その光景を見て、おキヌ達は突っ伏してしまった。
 彼女達の目の前に広がっていたのは、かなりの広さがある板張りの間。そこに敷かれた畳の上で豪華な十二単に身を包み君臨するタマモと、それに傅く無数の横島達だったのだ。彼女の前世、玉藻前とはこのような感じだったのだろうかと、おキヌは益体も無い事が頭に浮かんだ。
「タ、タマモちゃん……?」
「何やってるの、貴女はーーーッ!!」
 おキヌが何か言うよりも早く、横島を令子と同じレベルで尊敬しているかおりが、その様を見て怒った。横島の群れを飛び越しタマモの前に立つと、手にした神通棍を伸ばして彼女の頭に炸裂させる。
「あ痛っ!」
 咄嗟の事で霊力も込められていなかったため、タマモには棒で叩かれた程度のダメージしかなかったが、彼女の目を覚まさせるには十分だった。タマモが声を上げると同時に横島の群れが全て消えていく。
「あ、あれ? 稲荷寿司は?」
 横島達が用意したであろう油揚げ料理の数々も一緒に消えていた。残っているのは、板張りの間と十二単を着たタマモのみである。
「なんか、すっごい良い夢見てた気がするわ」
「……でしょうね」
 良い笑顔を見せるタマモに、おキヌは呆れながらも状況を説明する。ナイトメアの事を話しながらおキヌは、目の前の少女は一体どんな願望を持っているのだろうかと、疑問を抱いた。しかし、追求するのも怖いので、ここはスルーしておく事にする。
「なるほど、状況は分かったわ。他に誰が取り込まれているの?」
 流石にタマモは理解が早かった。すぐさま頭を切り換えたのか、真剣な目をして問い掛ける。
「扉はあと一つだよ。冥子さんとテレサさん、どっちかは分からないけど」
「う〜ん、それってテレサかも。私、眠りに落ちる直前にあいつが倒れるのを見たような気がするから」
「それじゃ、隣の扉も開けてみようか。そしたらどっちか分かるだろうし」
「そうね」
 続けて一行は、隣の扉を開いてみる事にする。十二単を着ていたタマモは、動きにくいため、内側の一枚以外の着物はこの部屋に置いて行く事にした。


 残り一つの扉の向こうにいるのはテレサである可能性が高そうだ。おキヌは、きっとナイトメアが前回の戦いの事を覚えているのだと思った。また、冥子が無事ならば、式神ハイラを使って、助けを連れて来てくれるかも知れないと。そう考えると、少し気が楽になってくる。
「隣の部屋はどんなかな?」
「テレサさんって元々は脆弱な人間を支配するとか言ってたらしいですし……もしかしたら、こっちと似たような状況かも知れませんよ」
「あまり、情けない横島さんは見たくありませんわね……」
「まぁまぁ、私達の願望の影響を受けた横島さんな訳だし、ね」
 タマモが居た部屋を出て、隣の扉の前に立つ一同。覚悟を決めて、ぐっとドアノブを握り、一気にその扉を開いた。

「ご主人様、お食事の支度が整いましたわ」
「ありがとう、テレサ。うまそうだね、ヨーロッパからシェフを呼び寄せただけの事はある」
 その部屋の中に居たのは、やけにキラキラした横島と、メイド服を着て恭しく彼の世話をするテレサであった。
 タマモの部屋とは別の意味で予想外の光景におキヌ達はカクーンとあごを落とす。
 部屋を見回してみると、やけに豪華な屋敷の一室のようだ。一同が呆然としている間も、テレサは横島の世話を続けている。横島から「ありがとう、テレサ」と礼を言われたり、「流石だね、テレサ」と褒められたりする度に彼女ははにかんだような表情を浮かべている。「ありがとうございます、ご主人様」と答える彼女は実に嬉しそうだ。
 どうやらテレサは、心の奥底ではタマモと正反対の願望を抱いていたらしい。それだけではなく、横島にもっと立派なご主人様になって欲しいと言う願望も混じっているのかも知れないが。
 おキヌ達は、何か見てはいけないものを見てしまったような気になってしまった。
「ど、どうしよう?」
「どうしようと言われても……とにかく、彼女を正気に戻さないと」
「そうだよね、起こさないといけないよね」
「……起こすのも悪いような気もするんだけど」
 最後のタマモの一言に、何も言えなくなってしまう一同。とは言え、このまま放っておく訳にもいかないため、皆でジャンケンをした結果、おキヌがテレサを起こす事となった。
「うぅ、気が進まないなぁ……」
 仕方なく、おキヌはテレサに近付いて行き、食後のティーを用意しているテレサの肩をポンポンと叩いた。
「お待ちください、ご主人様。すぐに用意が出来ます……の……で?」
 振り返ったテレサとおキヌの目が合った。おキヌが引きつった笑みを浮かべていると、正気に戻ったのか、テレサの目が泳ぎ始める。
「……見てた?」
「……うん。全部じゃないけど、大体は」
「………」
 だんだんと泳いでいたテレサの目が涙目になっていき、ぷるぷると肩を震わせ始める。
 せめてもの慈悲だ。おキヌ達は揃って彼女に背を向け、耳を塞いだ。

「いーーーやぁーーーーーっ!!」

 テレサが恥ずかしさのあまりに発した大絶叫が部屋中に響き渡るのは、その数秒後の事である。



「あれ? 何か聞こえなかった?」
「聞こえたな。なんか、女の悲鳴みたいだったけど」
 テレサの大絶叫は、澪の瞬間移動能力(テレポーテーション)を駆使して城内に侵入していた薫達にも届いていた。彼女達は現在、おキヌ達と同じようにズラッと扉が並ぶ暗闇の通路を歩いている。
 式神のハイラだけでなく、薫、澪、葵、紫穂の四人がいるため、冥子も心細くはないようだ。お姉さんぶって薫達を引率していた。
「夢に取り込まれている〜おキヌちゃん達かも知れないわ〜。行ってみましょ〜」
「せやな」
「よし! 念動能力(サイコキネシス)でひとっ飛びだ!」
 先が見えない長い通路のため、薫は惜しむ事なく超能力を使う。一行の身体をふわっと浮かび上がらせると、スピードを上げて声がした方へと飛んで行った。

「おっ、タマモねーちゃん発見!」
 薫達はすぐに暗闇の廊下に出ていたタマモ達を見つける事が出来た――が、ボディコン、ビキニの水着にライオンのぬいぐるみと言う珍妙な出で立ちに目を丸くする。いつもならばかおりやメリーの姿を見て目を輝かせるところだが、今回ばかりは流石に驚きの方が上回ったらしい。
「……なんでそんな格好してるの?」
 流石の紫穂も理解出来ずに、呆然とした表情で問い掛ける。すると、かおりが自分達は横島の記憶の部屋でそれぞれ目を覚まし、横島の記憶と、自分達の記憶、願望が入り交じった部屋に居た事を教えてくれた。
「あ、冥子さん来てくれたんですね!」
 その時、普通の洋服を着たおキヌと、メイド服姿のテレサが出てきた。おキヌは冥子の姿を見て安心したような笑みを見せる。薫達が来た事に驚いてはいたが、外の方でしっかり対応してくれている事に安堵したようだ。

 一方、薫と澪はかおりの説明をなんとか理解しようと頭を捻っている。葵と紫穂は理解したようだが、この二人には少々難しかったらしい。
「え〜っと、要するに願望とにいちゃんの記憶が混じるって事か?」
「そう言う事なの?」
 シンプル過ぎる解釈をした薫は、ここでは願望が目の前に現れると勘違いした。そうなれば、彼女のやるべき事は一つである。

「にいちゃんは、あたしの嫁ーーーっ!!」
「え? お願いごとするの? それじゃ、えと……お兄ちゃんは取られちゃったし、タマモは私の嫁ーーーっ!!

 薫の大声に釣られて声を張り上げる澪。意外と似た者姉妹なのかも知れない。
「いや、それはちゃうやろ。色々と」
 すかさずツっこみを入れる葵。流石のタマモも、二人の行動には不意を突かれてしまったのか、その場でずっこけていた。


 何にせよ、冥子達と合流した事で、元組長が解放された事と、ナイトメアの被害を受けて倒れた人数を確認する事が出来た。取り込まれていたおキヌ達、それを助けに来た冥子達、これで全員集合である。
「皆揃った事だし〜ナイトメアを探して〜やっつけないといけないわ〜」
「でも、肝心のナイトメアは一体どこに居るんでしょう?」
「きっと〜、深層意識の〜底よ〜。前回が〜そうだったわ〜。ハイラちゃ〜ん〜」
 冥子が声を掛けると、ハイラが「キィッ!」と一声鳴いた。すると暗闇の通路の向う側に光が出現した。薫の念動能力で飛んで行くと、そこには下層へと続く階段がある。
「これってまさか……」
「深層意識に〜通じる階段よ〜。今回は〜ナイトメアの〜妨害がなかったから〜簡単に〜見つける事が出来たわ〜」
「そう言えば、今回はナイトメアの妨害がありませんね」
「他に〜何か〜してるのかも知れないわね〜。みんな〜急ぎましょう〜」
 やはり薫達の前ではお姉さんぶりたいのか、冥子は先陣を切って階段を下りていこうとする。しかし、流石にそれは危なっかしいため、神通棍を持ったかおりと、『雷獣変化』したメリーが先頭に立つ事にする。メリーは恥ずかしい水着姿を隠せて一石二鳥である。


 長い時間を掛けて階段を下り、一行はようやく深層意識の底に辿り着いた。夢の中であるせいか、彼女達の身体は疲れていないのだが、精神的に疲れてしまったような気がする。
 一度、令子の深層意識の底を見た事があるおキヌと冥子は、同じような光景を思い描いていたが、彼女達の目に飛び込んできたのは、意外にも賑やかな――悪く言えばうるさい光景であった。
「あ〜ら、ようやくお出まし? 遅かったじゃない」
 一行の存在に気付いて振り返ったナイトメア。何故か工事現場で使われる安全メットを被っている。
 何事かと周囲の様子を窺ったおキヌは、「それ」に気付いた。
 ナイトメアの手前にある深層意識の底にある泉、これは令子の時にもあった物だ。問題はナイトメアの向う側にある巨大な壁の方である。
「気になる? やっぱり、気になるでしょ? ボクも気になるじゃない?」
 どうやら、ナイトメアはその壁を壊そうとしていたようだ。これまで妨害が無かったのは、その壁を壊すのに掛かりっきりだったためだろう。
「今まで色んな人間に取り憑いてきたけど、こんなモノは初めてじゃない。ボクも入り込めない向う側に何があるのか……気になるから、邪魔はさせないよ!」
 そう言ってナイトメアが指を鳴らすと、中央の泉の水面が泡立ち始めた。
「お前達はそいつの相手をしてるといいわよ! せいぜい頑張ることね!」
 泉の中から大きな影が姿を現し始める。
 まず、水面から飛び出して来たのは長い烏帽子であった。続けて現れる五芒星が描かれた仮面。その仮面を見て、かおりとメリーは顔を引きつらせた。
 そして狩衣を纏った胴体が姿を現し、二人以外の者達もそれが何であるかに気付いた。
「横島さんの、簡易式神……」
 そう、彼女達の前に現れたのは、かつて横島対おキヌ達の模擬戦を行った際に使用された、横島が式神和紙を使って生み出した簡易式神であった。あの時の結果は忘れもしない。おキヌ達は十二人掛かりだったと言うのに手も足も出なかったのだ。
 あの強大な式神が、再び彼女達の前に立ち塞がったのである。



つづく





あとがき
 澪が横島家の養女となる。
 元・地獄組の組長の別荘が再建されている。
 原作に登場したあの医者は、白井と言う名前の、白井総合病院の院長である。
 これらは『黒い手』シリーズ及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自の設定です。

 また、澪の性格、設定や、六女の生徒達の名前、性格、設定、またはナイトメアの精神構造をイメージ化した城等は、原作の描写に独自の設定を加えております。
 ご了承ください。

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