topmenutext『黒い手』シリーズ外伝>ぷちルシちゃんの魔界的びふぉあふたぁ 3
前へ もくじへ

ぷちルシちゃんの魔界的びふぉあふたぁ 3


「さて、困ったわね」
「姉さん、困ってるけど反省はしてないだろ?」
 玉座でふんぞり返る幼児ルシオラに、『魔王見習いルシオラ私設軍団長』ベスパは冷ややかにつっこんだ。

 領民達が挨拶に来た時の一件で、ルシオラは新魔王としての威厳をある意味示す事ができたのだが、同時に畏怖の感情も広めてしまったのだ。
「これじゃ、領民達の中から有望そうなのを集めるってのは無理だろうなぁ、集まるものも集まりゃしない」
「そんな事したって、あまり意味無いと思うわよ? 軍人の魔族と、一般人の魔族では比べ物にすらならないわ」
「う…」
 ルシオラの反論にベスパは黙り込む。
 彼女の言う通りだ。いかに魔族と言えども、軍人と一般人では、人間界で言うところのGSと霊能力を持たない人々程の差がある。
 令子を止めるために一般人のチンピラ百人を用意すればどうなるかと考えればわかりやすいだろう。ハッキリ言って用意するだけ無駄。被害を増やすだけだ。

「それだったら、私が兵鬼造った方がマシだって」
「…やっぱり、そこに辿り着くのか」
 ルシオラの趣味に走った発明こそが、ベスパの頭を悩ませている問題の一つだ。できるだけ控えてもらいたいところなのだが、今の状態では一番頼れる戦力である事は否定できない。
「ハニワ兵を戦闘用に改造するだけで、どうにかできないか」
「あのね、あの子達の中身を考えてみなさい。力を持って悪い事考えるようなのは最初に選り分けて使ってないけど、人間の感覚では耐えられないわよ」
「そ、そうか…」
 玉座で足を組んでこめかみを押さえる幼児と、その幼児を前にして項垂れる大人の女性。
 傍目に異様な光景だが、本人達は真剣そのものだ。こういう時は頭脳は元のままであるルシオラの本領発揮と言ったところだろう。

「そう言えば、パピリオが妙神山には門と同化してる鬼神がいるって言ってたわね」
「ああ、門番をしているって話だったな。何て名前だったか…」
「えーっと、門、鬼、モン…モンキー! そうよ、モンキーよ」
「ああ、そんな名前だった気もするな」
 微妙に違う、確かに猿はいるのだが。

 魔獣と門を合成して合成魔獣(キメラ)にするのは良い考えかも知れないが「…やめよう」ベスパがそれには反対した。ルシオラの方も異存は無い。二人とも、父アシュタロスの残したこの芸術的とも言える城の外観は崩したくないのだ。

「やっぱり私が新しい兵鬼でも造るわ」
「そうだな、私は私で動いてみるよ」
「お願いね」
 今はそれ以外に手段は無い。
 ベスパもルシオラだけに任せるつもりはなく、領内にいる元アシュタロス陣営の魔族を探す事にした。今の状況下で、軍属でない強力な魔族と言うと、他に心当たりがないのだ。

 二人の話が一段落した丁度その時、庭の方から「ぴよー!」とガルーダの雛達の悲鳴が聞こえて来た。
 顔を見合わせた二人の脳裏に浮かんだのは、反デタント派の襲撃。慌てて駆け出し、庭へと向かう。

「………」
「…ハーピー、あんた何やってるの?」

 庭に辿り着いた二人が見たのは、巨大なラクダにのされたハーピーの姿だった。

「何があったの?」
「ぽー?」
「ぴよー!」
「ぽー!」
「ハーピーが、獲物だってラクダに飛び掛ったら返り討ちにあったんだって」
「…通訳できるのかい、そのハニワ兵」
 横一列に並んだガルーダ、ハニワ兵、ルシオラの伝言ゲームはなかなかに微笑ましい光景だった。

「あらあら、堪忍なぁ。この子気性が荒いから」
 巨大なラクダの上から声がする。
 慌てて見上げてみると、そこには黄金の冠を被り、燃えるような赤い髪をなびかせた女性が横座りでラクダの上に乗っていた。
 自分を見詰める蠱惑的な瞳に、ルシオラは思わず身震いする。
「…どちらさまで?」
 そう言って身構えるベスパ。
 大して強そうには感じない。しかし、周囲の重圧感が増している気がする。
 彼女は、この感覚に覚えがあった。≪ソロモン先生≫を前にした時と同じ感覚、感覚が麻痺してしまうほどの実力差がベスパとラクダに乗った女性にあると言う証しだ。
 間違いなく魔王級。ベスパの頬を一筋の汗が流れた。
「反抗的な目やね、そないに怯える事あらへんよ」
 そう言って女性はラクダから降りて地面…ではなく、倒れ伏したハーピーの背に立つ。ハーピーがカエルのような悲鳴を上げるが意に介したりしない。
 金糸の刺繍が入ったベルベットを羽織り、白いレースのドレスを身に纏うその姿。横島がその場にいたら後先考えずに飛び掛っていたであろう美女。ルシオラは彼女の一部分を凝視し、完全敗北を悟った。

「でも、流石は親子やねぇ。そんなとこもよう似とるわ」
「あ、あんたは一体…」
 恐怖に身を固めたベスパの言葉に、女性はまだ自分が名乗ってすらいない事に気付いた。
 姿を見ればわかるかとも思ったが、考えてみればルシオラもベスパも生まれて一年程度であり、魔界に関する知識はほぼ零に等しい。足元のハーピーなら知っていたかも知れないが…まぁ、踏んでしまったものは仕方がないだろう。
「ああ、自己紹介忘れとったわ」
 そう言って女性はにっこりと優雅に微笑んだ。

「ウチの名はゴモリー、皆からは≪悪霊姫≫って呼ばれとります」

 二つ名を聞いてベスパはゴクリと喉を鳴らした。
 二十六の悪霊軍団を率いる地獄の公爵であり、吟遊詩人としても名を馳せる魔界の歌姫だ。
 魔界において二つ名を持つのは、恐れ多くて名を呼ぶ事すら憚る存在、すなわち魔王級、或いはそれに準ずる強者という事になる。中には自分を強く見せるために二つ名を自称する者もいるが、≪悪霊姫≫にそれは当てはまらないだろう。

「あんたらには、アシュタロスの元クラスメイトて言うた方がわかりやすい?」
 胸の前で手を組み首を傾げる≪悪霊姫≫、外見上の年齢の割には幼げな仕草だ。
 対するルシオラ達は完全に固まってしまっている。
「…マジですか?」
「大マジやよ」
 同じように首を傾げるルシオラに対して、≪悪霊姫≫も更に首を傾げて返す。
 傍目にはほのぼのとした光景だが、そこに並んでいる二人は新人魔王とベテラン魔王である。
 
「あ、えーっと≪ソロモン先生≫の教え子って事は…デタント派、なんですよね?」
 急な事に対応できずにいるためか、いつもの調子を出せずにもじもじしながら聞くルシオラの様子を見て、≪悪霊姫≫は目を輝かせ、いきなりがばっと抱きついた。
「あーっもう! かわええなー!」
「って、いきなり何するんですか!」
「女性魔王が即位した言うから来てみたら! こんなにキュートやなんてぇー!」
「ち、力の差がっ…!」
「≪悪霊姫≫様! ウチのルシオラは他の魔王級の方々と違って上位魔族程度の力しかありませんので!」
 テンションの上がった≪悪霊姫≫をベスパが止めようとするが、びくともしない。更にルシオラを抱き上げたまま振り回す「いたっ! いたいじゃん! せめて、別の場所でっ!」ハーピーを踏んだままで。

 結局、彼女が止まったのはルシオラを抱き締めたまま、散々振り回すだけ振り回した後の事だった。
「あー、危うく横島に再会する前にあの世に行くとこだったわ…」
「こっちも死ぬかと思ったじゃん…」
「堪忍なぁ、ウチったら興奮してもうて」
「い、いや、無事だったからいいんですけど…」
 消耗し切ったルシオラ達三人に対して≪悪霊姫≫は平然としている。
 ベスパにとって、姉ルシオラを再び喪うと言うのは禁忌に近い。そのため、≪悪霊姫≫を殺しかねない勢いで止めようとしたのだが、彼女にはほとんど効果がなかったようだ。こんな間抜けな事で魔王級の実力を知ってしまったと言う事実が更にベスパを消耗させている。
「でも、あんたの必死な顔、ほんまアシュタロスによう似とるわ」
「あの、最近よく言われるんですけど、そんなに似てますか? 私」
 息を切らせながら顔を上げながら尋ねるベスパ。先日、領民からも似ていると言われた事もあって気にしていたのだ。似ていると言うならば、それはそれで嬉しい。
 ≪悪霊姫≫はその問いに対して、笑顔で肯定の意を返した。
「よう似とるで!」
「そ、そうなんですか?」
「学祭でウェイトレスやらされてた時のアイツにそっくりやわ!」
「ぐはぁッ!!」
 トドメだった。ベスパは冗談抜きで喀血して倒れ伏す。

「…あれ? どないしたん?」
「あー、その子色々デリケートなんで」
 ≪悪霊姫≫は本気で何もわかっていなかった。彼女としては褒めたつもりなのだ。

 元々ベスパは髪型含めてアシュタロスにどことなく似ている。三姉妹の中では一番父親に似ていただろう。
 ルシオラは≪悪霊姫≫が何故か持っていたその時のアシュタロスの写真を見せてもらったが、確かに似ているのだ、雰囲気が。
「あ、アシュ様、似合ってる…」
「アイツ、インテリのくせにマッチョやったからなぁ…二の腕目立たん服をチョイスするのがポイントやったんよ! やっぱ、ウチのセンスは流石や!」
 どうやら≪悪霊姫≫が選んだ服らしい。
 彼女が≪ソロモン先生≫のクラスでどういう立場にあったかが見えてくるような気がする。

 このまま城門付近で話していても仕方が無いので、ルシオラは≪悪霊姫≫を城内に通す事にした。
 ベスパは復活する兆しが見えないので、同じく倒れているハーピーと一緒にハニワ兵に運ばせる。拙い事態になったと、ルシオラは冷や汗を垂らした。
「えらい静かな城やね」
「は、はは、まだ引っ越してきたばかりなんで」
 そうなのだ。ルシオラの城はまだ魔王の本拠地としての体を整えていない。と言うか、ルシオラ自身城の内部を把握し切っていない。
 これから準備を整えようという時に≪悪霊姫≫がやってきたのだ。
 とりあえず、城内部の窓から見えるため、すぐ把握できた場所。庭園にあるお茶会のためのテーブルへと連れて行く事にした。
「あの、ところでどのようなご用でしょうか。珍しいから会いに来ただけ、なんて事はありませんよね」
 テーブルに向かい合って座り、主導権を握るべくルシオラの方から質問を投げかける。
 努めて冷静であろうと澄ました顔をしているルシオラの顔を見て、≪悪霊姫≫はまた抱き締めてしまいそうになるが、それを何とか我慢して話をする。
 警戒されるのも無理はないのだが≪悪霊姫≫は別にルシオラ達に迷惑を掛けようと思って来たわけではないのだ。
「そんな警戒せんでもええよ、ウチはおとんに頼まれて来たんやから」
「は、はあ…」
 ころころと笑う≪悪霊姫≫に、どうにも違和感を抱いてしまう。
 口調こそは横島を思い出させるような関西弁なのだが、動作の一つ一つに上品さを感じる。先程ハニワ兵が持ってきた紅茶を飲む仕草など、同じ女から見ても優雅で綺麗だ。
 高貴な美貌、豪華な装い、気品のある立ち居振舞い。そして、その全てをぶち壊してしまいかねない軽い関西弁。その相反する要素が高次元で調和している。そんな印象をルシオラは抱いた。

「お父様、ですか?」
『サっちゃん』って名前ぐらい聞いた事あるやろ? あれがウチのおとんや
「………え?」
「ええ年したおっさんが『サっちゃん』はあらへんよなぁ。そもそも、あのおっさん家やと…」
「えーーーっ!!」
 思わず立ち上がって大声を上げるルシオラ。当然の反応だろう。
 ≪悪霊姫≫は急な大声に耳を押さえている。
「…もぉ〜、いきなり何すんの」
「いや、あの、もしかして、貴女のお父様って…」
「ああ、最高指導者やで。でも、そんなん気にせんでも、ルシオラちゃんならゴモリーおねーさまって呼んでもええよ」
「なんで『おねーさま』やねーん!」

 時間が止まった。
 ふと気が付けば、つっこみを入れていた。それはもう見事な裏手で。
「ハッ! まさか、これが横島霊力の影響っ!?」
 そう叫んで頭を抱え、のけぞるルシオラ。
 つっこまずにはいられなかったのだ。たとえそれが魔界最高指導者の娘であっても。

「あ、あの…すいま―――」
「もー、最高っ!」
 しかし、≪悪霊姫≫は怒っていなかった。むしろ喜んでいる。
「そのつっこみ最高や! ルシオラちゃん、今からウチの事はゴモリーちゃんって呼んだってっ!」
「えと、ごもりー…ちゃん?」
「そう! おとんから頼まれてここまで来たけど、それも抜きや! ウチにできる事なら何でも言うてっ!」
「だから、貴女は一体何のために…」
 興奮冷めやらぬ≪悪霊姫≫に話を聞いてみると、『サっちゃん』は何のフォローも用意せずにルシオラを新魔王にしたわけではないらしい。
 ルシオラに何かあれば、デタント派と反デタント派によって魔界を二分する争いが起き、それは三界を巻き込む戦いに発展しかねない。
 デタントを推進する『サっちゃん』としては、何か手を打つのは当然の事だろう。娘であり、魔界有数の魔王級である≪悪霊姫≫にルシオラのサポートをするように命じたのだ。

「今必要なんは、城を守るための軍勢やろ?」
「はい、正直言いますと…でも、そこまでお世話になるわけには…」
「それぐらい融通したる! いや、さっきのへんてこりんな使用人も魂使うて作ってるんやろ。そんなとこもアシュタロスにそっくりやなー!」
 ≪悪霊姫≫は再びルシオラに抱きついた。今度は力加減が効いているのでルシオラも抵抗しない。
「ルシオラちゃんの技術と、ウチの魔法と合わせればもっとスゴイのも作れるで! …ん?」
 そこまで言ってふと≪悪霊姫≫の腕の力が緩められる。
 テーブル近くの茂みに視線をやり、くいっと人差し指を空に向ける。すると、茂みの中からから巨大なタコが釣り上げられた。プロフェッサーヌルだ。手にはカメラを持っている。
 いつもなら、こんな事は部下のゲソバルスキーにやらせるのだが、魔王級である≪悪霊姫≫が来訪中と聞いて、居ても立ってもいられず自ら出向いて来たらしい。
「な、な、な…」
「やぁ、これはこれは≪悪霊姫≫様、ご機嫌麗しゅう」
 魔力で吊るされている状態だと言うのに、ヌルは飄々と挨拶をする。対する≪悪霊姫≫は無言で目を細めている。
 ≪悪霊姫≫に片腕で抱き寄せられたままのルシオラは呆然としている。まさか、何者かが自分の城に侵入しているとは思ってもみなかったのだ。
「なぁ、ルシオラちゃん…」
「は、はい?」
「今夜はタコの丸揚げなんてどない?」
「これは≪悪霊姫≫様とあろうお方が、豪快な漢の料理を…エレガントではありませんな」
「………」
 その時、ルシオラは何かが切れる音を確かに聞いた。

 

「待たんかわれえぇぇぇッ!!」
 ルシオラを小脇に抱えたまま、飛んでヌルを追いかける≪悪霊姫≫。怒りに染まったその表情は流石は魔王級と言うべきか、まるで般若だ。
「女が料理できんで、何が悪いかァーッ!!」
「ひぃーっ!」
 ヌルとしては軽い冗談のつもりだったのだが、どうやら≪悪霊姫≫の地雷部分を踏ん付けてしまったらしい。
 必死の形相で逃げ回っているが、それでもカメラは手放さないのは流石と言える。
「三枚に下ろーすっ!」
「三枚に下ろすのは魚です、魚類と一緒にしないでいただきたい!」
 逃げながらも言い返すヌル。結構余裕があるように見えるが、本人はこれでも必死だ。
 庭を抜け、城内には入れないので、外壁をぐるっと回り別方角の庭に出て、池のほとりに建った一軒の家屋を発見した。魔鈴の自宅だ。
 ヌルの美的感覚から見て美しいと感じるこの城に似つかわしくない家屋。その存在に疑問を感じるが、今は藁をも掴む思いで中に逃げ込んだ。

「…ここは、魔法使いの家ですか?」
 中に入ってみると、まるでヌルが人間界で活動していた頃の家屋のようだ。彼にとっては懐かしい。
 ここが人間魔鈴の自宅である事までは掴んでいないヌルは、この懐かしい中世風の家屋に一体誰が住んでいるのかに興味を持った。
 更に奥に進もうとすると、物音に気付いたのか、眠っていたのか薄手のパジャマを着て、ケープを羽織ったグーラーが出てきてヌルと鉢合わせてしまう。
 見た事もないタコの魔族の姿にグーラーは硬直してしまうが、それはヌルも同じだった。いきなり出てきた彼女を目の当たりにして固まってしまっている。
 強気そうな外見。それに反して、どこか儚げな雰囲気。透けるように薄いパジャマと言うのがヌルのツボを見事に押さえている、タコだけに。
「…あんた、一体誰だい?」
 訝しげなグーラーの声に、ヌルは慌ててかつての人間の姿に化けて頭を下げた。頭が禿げているので、一見しては同じタコ親父である。
「これは失礼しました。私、プロフェッサーヌルと申します」
「あ、これはご丁寧にどうも…」
 紳士的なヌルの態度に、グーラーもその丁寧な態度に、ルシオラの客だろうかと思ってしまい、思わず頭を下げてしまった。
「ご婦人、貴女は何故城ではなく、このような庭先の小屋に」
「え、ああ…私は、魔界に適応できてないから、ここで休ませてもらって…」
「なんと!」
 グーラーの話を聞いて、ヌルは初めて魔鈴の家の中に魔界の瘴気が無い事に気が付いた。懐かしさを感じたのはその辺りも原因だろうと自己分析する。
 そして、扉が開けっ放しだった事に気付き、慌てて閉じようと近付いて―――

「見つけたで〜♪」
「ノオォォォーッ!」

―――≪悪霊姫≫が開いた扉の隙間から覗き込んでいた。ある意味ホラーである。

 そのまま魔力によって家の外まで引っ張り出されるヌル。≪悪霊姫≫の全身から発せられる魔力の波動が彼を縛り上げる。
 一縷の望みを託してグーラーに助けを求めてみると…なんと、グーラーは扉からひょっこり顔を出して鼻歌を歌いながらヌルを持ち上げる≪悪霊姫≫に声を掛けてくれたのだ。
「あのー…」
「なんや?」
 ≪悪霊姫≫の放つ魔力の波動がグーラーを襲うが、ここで退くわけにはいかない。
「子供の教育上悪いんで、あんまり残酷ショーは…」
 ガルーダ達のためにも退けなかった。ヌルは正直どうでも良い。
 そこで限界が訪れて、グーラーは咳き込みながら家の奥へと引っ込んだ。
「子供…?」
 ≪悪霊姫≫が周囲を見回してみると、そこかしこの茂みの陰から自分を見ているガルーダの雛達を見つける事ができる。
 ルシオラに対しても可愛いと抱きつく彼女が、雛達を見ればどうなるかは火を見るより明らかだ。すぐさま、ヌルへの怒りを忘れて瞳を輝かせた。
「あらあら〜、かわええひよこちゃんやなぁ。ホラホラ、こんなん放っといてウチと遊ばへん?」
 あっさりとヌルを池に投げ捨てて、≪悪霊姫≫はガルーダの雛達を引き連れて行ってしまった。ルシオラを小脇に抱えたままで。
 流石はガルーダと言うべきか、ただ単に恐れを知らないのか、雛達は普通に≪悪霊姫≫と接している。また≪悪霊姫≫も彼等に触れる時は細心の注意を払っていた。
 ヌルは「は、はは…生き延びた、≪悪霊姫≫から生き延びる事ができたぞ。これも、あのご婦人の…」とブツブツと呟いていたが、彼女の魔力により身体が麻痺してしまい、身動きが取れずに池の水面を漂っていた。
 魔鈴の家の窓からそれを眺める当のご婦人グーラーは「悪趣味な置物だねぇ」と呟いていたが、ヌルは知る由もない。

 結局、彼が救出されたのはベスパとハーピーが目を覚ました後の事だった。
 その時もまだ、ヌルは指一本動かす事ができず、そのまま縛られてルシオラの前に突き出される事となる。
 ≪悪霊姫≫はガルーダ達と遊んでいるので、ルシオラ、ベスパ、ハーピーの三人でヌルを取り囲んだ。

「これはこれは新魔王ルシオラ様、ご機嫌麗しく…」
「まったく、どうやってここまで入ってきたのよ。結界は張ってたはずよ」
「ご存知ありませんでしたか、私は元々この城に仕えていたのですよ? 私も手伝いましたしね、ここの結界を張るのは」
 言うまでもなくルシオラ達は、城の周囲に結界を張り巡らせていたのだが、それはこの城に元々あった物。どうやらヌルは結界を無力化して素通りする手段を、元から知っていたようだ。
 それを聞いてルシオラ達は頭を抱えるが、ヌルはそんな事おかまいなしに更に話を続ける。
「ときに、あの池のほとりに住むご婦人はどなたですかな?」
「グーラーの事? あんた、彼女をどうしようって言うのよ。返答次第じゃただじゃおかないわよ」
「大丈夫じゃん、その前に生きて帰さないから」
「ああ、結界を越える手段を持っているとなると、野放しにする訳にはいかない」
 戦闘態勢で縛られたヌルを見下ろすハーピーとベスパ。特にグーラーに仲間意識を持ち、かつヌルの性格を知っているハーピーは怒り心頭だ。

 ここでようやく麻痺が治ったヌルが、自分を縛る縄を焼き切って立ち上がった。
 ルシオラ達三人は身構えるが、そのまま彼は両手を上げて恭順の意を示す。
 真意が読めない三人は疑問符を浮かべるが、それを無視してヌルは勝手に話を進める。

「グーラーさんと言うのか。どこか儚げな風貌…ああ、どうしてそんなに哀しそうな目をしているのですか! 私は、貴女のためなら例え火の中、水の中!」
 どうやら、ヌルのイメージの中では、グーラーは哀しげな目をした病弱な令嬢らしい。

「…どうしたんだ、コイツ」
「さっき、グーラーが≪悪霊姫≫を止めたおかげで死なずに済んでたけど、そのせいかしら?」
「いや…」ハーピーがそれに反論する。「コイツは元々こういう性格の変態じゃん」
 身も蓋もなかった。

 何にせよ、プロフェッサーヌルはグーラーに惚れ込んでしまったようだ。恍惚の表情を浮かべて妄想に浸っている。
 その様子を見たルシオラは、何か思いついたのかとてとてとヌルへと近付いていく。
「貴方、私に仕えない?」
 爆弾発言だった。
「なっ!?」
「そりゃムチャじゃん! コイツは盗撮を趣味にしてるし!」
 口々に反対するベスパ達に、ルシオラは笑顔で返す。
「大丈夫よ、盗撮するような奴グーラーは嫌いだから」
「なんですと!?」
 グーラーの名前を出すと、すぐさま妄想の海に首まで浸かっていたヌルが現実に帰ってきた。
 しばらく虚空を見つめて考え込んでいたヌルは、やがてルシオラの方に向き直り「わかりました。私の力が必要と言うならお使い下さい。貴女の覇道にお力添えいたしましょう」と恭しく頭を下げた。
 それを見ていたハーピーがポツリ「うそくせーじゃん」と呟き、ベスパも肯く。ルシオラも同感だったが、それ以上にこいつは利用できると考えていた。

「とりあえず、貴方が今持ってる軍勢全部連れてきてもらえるかしら。城の防備を固めないと危ないからグーラーが
「お任せください! 何でしたら、更に私の足を切り落として増やしましょう!」
グーラーを守るために結界の強化もしてもらうから、ほどほどにね」
「ハッハッハッ、勿論ですよ。魔族一術に長けたと言われる、私の技術をお見せしましょう」

 こうして、ルシオラ達はプロフェッサー・ヌルの勢力をまるごと指揮下に加える事となった。
 あ、想像以上にこいつ扱いやすい。
 ルシオラだけでなく、ベスパ達も含めた三人は、揃ってそう思ったと言う。



「と言うわけで、当面の軍勢は何とかなりそうです」
 ヌルが軍勢を呼びに帰った後、ルシオラとベスパはガルーダの羽毛を堪能している≪悪霊姫≫に事情の説明をしに行った。いかに途中で放り投げたとは言え、元は彼女の獲物だったので、話を通しておく必要があると考えたのだ。
 同時に、ハーピーをグーラーに事情の説明をさせに向わせる。できるだけ近付けさせないつもりだが、こちらも事情を知らせておかねばならないだろう。

「やるなぁ、ルシオラちゃん。でも、ウチの事頼ってくれんで寂しいわ」
「す、すいません…」
 ≪悪霊姫≫は、ルシオラがヌルを利用した事を高く評価したが、同時に自分を頼ってくれなかった事で拗ねていた。年齢的にはアシュタロスと同年代のはず。外見は大人の女性なのだが、どうにも子供っぽい魔王級だ。

「ま、ええか。次の魔王会議まではここにおるんやから、それまで遊べるし」
「「…は?」」
 ≪悪霊姫≫の言葉に、ルシオラとベスパが固まった。
「あれ、言うてなかった? ウチ、次の魔王会議にルシオラちゃん連れてくように、おとんから頼まれとるんよ」
「「………」」
 何も言えないルシオラ達。
 ちなみに、魔王会議と言うのは魔界正規軍に所属する魔王級のみが参加できる会議の事だ。その性質上デタント派の魔王級が集まっている。ベスパはそんな会議が行われている事は、魔界正規軍にいた頃に聞き及んでいたが、ここ数日のごたごたで完全に忘れてしまっていた。

「しばらく、よろしゅう。仲良うしたってな」
「は、はは、ははは…」
 にっこりと微笑んで、ルシオラを抱きしめる≪悪霊姫≫。
 腕の中のルシオラは無言で硬直し、ベスパの乾いた笑い声だけがいつまでも木霊していた。



とりあえず終わり






 『ぷちルシちゃんの魔界的びふぉあふたぁ』は、多少尻切れトンボですがこれにて終了です。
 ぷちルシちゃん魔界編は『黒い手』シリーズ本編の流れに合わせて進んでいきますので、『ぷちルシちゃんのはじめての魔王会議』は本編がもう少し進んでからと言う事になります。

 ソロモン王の七十二柱の悪魔ゴモリーは、七十二柱の悪魔の中で、ただ一人女性の姿で現れるとされる悪魔です。
 ルシファー(サタン)の寵姫、つまり愛妾の一人だと言う説があるようなのですが、『サっちゃん』にそれは似合わないだろうと言う事 で、『黒い手』シリーズでは、『サっちゃん』の娘となっております。そのため彼女も関西弁です。どちらかと言えば京風関西弁と言った方が正確かも知れませんが、上品さの表現と言う事で。

前へ もくじへ