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ぷちルシちゃんの魔界的びふぉあふたぁ 2


 魔王級。
 魔王『サっちゃん』により地方領主とされた高位魔族の総称だが、魔界の一般人にしてみれば、ただ単に「魔王」と呼ぶ方がわかりやすい存在だ。
 逆に本来の魔王である『サっちゃん』は余りにも雲上人過ぎて、自分達とはまったく関わりが無いように考えている節がある。
 これは、彼等が魔王と呼ぶ魔王級の者達が、地方領主として彼等の生活に直接関わっているためであろう。

 アシュタロスが≪ソロモン先生≫に領地を預けてからはや数百年。彼の領地に住む人々にとって、本当の領主の存在は最早『サっちゃん』並に関わりのない存在だった。彼が人間界に赴き、世界の全てに対して叛旗を翻すまでは。
 彼が斃された事はすぐに噂として広まった、それと同時に話題となったのは領地の今後の事だ。
 今まではアシュタロスの代理として≪ソロモン先生≫が支配していたが、彼がいなくなった事により別の魔王が現れるかも知れないと囁かれ始めたのだ。
 魔王級のような強い力を持つ高位魔族は滅んでも同一存在として再び蘇る事を定められているため、領主である魔王が代わると言う前例が存在しない。それ故に領民達は戸惑った。そのまま≪ソロモン先生≫が領主の代理を続け、領民達もこのまま彼の領地に取り込まれるのだろうと言う者もいたが、つい先日新たな魔王がやってくると言う報せが長達に届けられ、領内は騒然となる。
 現在、神魔族はデタント推進派と反対派に分かれているのは知っての通りである。
 しかし、この領地を治めていた≪ソロモン先生≫はデタント推進派の重鎮、アシュタロスはデタント反対派の急先鋒。どちら寄りの魔王が来るか全く判断がつかない。上に立つ者がどちらかによって、領地の行く末はガラっと変わってしまうため、気にするなと言う方が無理な話だろう。


 ≪ソロモン先生≫がルシオラの元に訪れた日、アシュタロスの領地では一般人の中の有力者達が集まり会合を開いていた。
 大きな角を生やし、ゆったりとしたローブを着た魔族の男。貫頭衣を身に付け、毛むくじゃらで筋骨隆々の腕を組む獣人。姿はさまざまだが、それぞれ各町や集落の長、部族の族長達だ。
 曰く、次の魔王は≪ソロモン先生≫の後見を受けている。曰く、次の魔王はアシュタロスの後継者である。デタント推進派、反対派どちらとも取れる噂が流れていた。
 あまりにも新魔王ルシオラに関する情報が少なすぎる。歓迎会でもやるべきか、貢物を用意すべきかと彼等は頭を悩ませていた。

「…プロフェッサーに相談してみると言うのはどうだろう?」
 青い肌をした三つ目の男、領地内の経済の中心である市場がある町の町長がそう提案した。
 しかし、皆は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 その魔族の名はプロフェッサー・ヌル。
 かつてアシュタロスの配下として人間に潜伏して活動していた経験のあるタコの姿をした魔族の男だ。
 当然彼も、コスモプロセッサで人間界に強制召喚されたが、アシュタロスが倒されたすぐ後に自分でゲートを開いて魔界に帰還していた。地獄炉を開く技術を持つ彼にとって、ゲートを開く事自体はそう難しい事ではなかったのだ。
 皆の反応は、彼が元アシュタロスの配下だからと言う理由だけではない。ひとえに彼のマッドでマニアックな性格ゆえだ。

「…あまり気が進まんな」
「アイツとはソリが合わん」
 皆が口々に反対意見を出す。
 提案した三つ目の男も、正直に言えばヌルとはあまり係わり合いになりたくはなかった。
 しかし、彼はこの領地内で人間界の文化を知る唯一の魔族。彼ならば新領主をどう迎えるべきかを知っているかも知れない。
「私だって同じだ。しかし、このまま皆で考えていても埒があかんだろう」
「うぅむ…」
 結局、他の手段を思いつかない彼等は、仕方なくヌルに知恵を借りる事にする。
 歓迎で新魔王の機嫌を損ねれば、自分達は皆殺しになるかも知れない。彼等は魔界の常識に則って、本気でそう考えているのだ。手段を選んでいる余裕はないのだろう。


 その後、話し合いにより三名が代表してヌルの元へ赴く事となった。
 彼等は魔界ではポピュラーな乗騎である大トカゲに乗って彼の屋敷へと向かう。
 そのトカゲは、かつてベスパが「肉じゃが」を創るために死闘を繰り広げたトカゲと同種なのだが、あれと比べれば随分と小振りである。実はこちらが平均的な大きさであり、ベスパが戦った相手が桁違いに大きかったのだが。

「うぅ、言うんじゃなかった…」
 最初に提案した商業都市の町長がぼやく。そろそろ腰紐が気になりだしたその腹は、彼の裕福な暮らしぶりを物語っている。
 額に縦に開いた第三の目を持つ魔族で、魔術に長けた種族なのだが、彼自身は商人で魔術にはさほど詳しくない。
 知恵と金の力で今の地位を得ただけあってなかなかの切れ者ではあるが、今回はそれが裏目に出てしまったようだ。

「そうは言っても、他に手段はあるまい」
 大きな一対の角を頭に生やした魔族の男がそれに続く。豪華なローブを身に纏う魔界の有識者だ。人間界で例えるならば、地方の豪族と言ったところだろうか。
 細身の長身で顎鬚をたくわえたその男は、アシュタロスが健在の頃は城で文官の任に就いていたが、数百年前、行方不明のアシュタロスに代わり魔王代理の≪ソロモン先生≫がやってきたため、自ら職を辞し最近まで田舎に引き篭もっていた。どちらかと言うと反デタント派寄りの思想を持っている。

「チッ! あのタコ野郎の知恵を借りなきゃならんとは胸糞悪ぃ!」
 純白な布地の上に金糸で刺繍をした羽織を身に付けた、全身が赤黒い毛皮に覆われる熊に似た姿をした獣人は、実に不機嫌そうに族長の証である三角帽の飾りを揺らしていた。
 彼に限らず魔界でも特に力を重視する傾向にある獣人達は、プロフェッサー・ヌルの様な者を性格抜きに嫌っている。自分の方が強いのに、策や罠に嵌められると手も足も出せないのが腹立たしいのだ。

 しかし、どう言ったところでヌルの知恵を借りなければならないのは確定事項だ。
 三人は肩を落としてトカゲを急がせた。ヌルの屋敷まであと少しだ。


 やがて三人が辿り着いたのは魔界では一風変わった石造りの建造物だった。
 それはヌル自身が人間界に居た当時の西欧ではありふれたタイプの城なのだが、魔界以外の事をよく知らない三人には珍妙な建物として映るようだ。

 扉の前に立つと、ゲソバルスキーが一人跳ね橋を下ろして対応に出てきた。
 三人がここに来た目的を告げると、すぐに奥へと通される。どうもヌル自身魔界帰還後、これと言ってするべき事もなく暇を持て余していたらしい。
 城の中に入ると、そこかしこにゲソバルスキーが見える。彼はヌルの切り落とされた足から生まれてくるのだが、その足自体を修復する事が可能なため、暇なのを良い事にどんどん数を増やしているのだろう。
 どこにも属さず、一人で引き篭もって研究している内は問題ないと皆が考えていたが、これだけのゲソバルスキーがいるとヌルも立派な一大勢力と言える。知恵を借りるのは良いが、その後新魔王に危険人物として報告すべきかと三人は頭を悩ませながら歩を進めていた。

「おやおや、あなた方が雁首揃えて私を訪ねてくるとは…新魔王就任の件で何か困った事でも?」
 謁見の間の玉座で待ち構えたプロフェッサー・ヌルの第一声。それを聞いた三人の目が驚きに見開かれた。
 何故、その事を知っているのか。当然疑問に思うのはその一点だが、ヌルはそれすらも見抜いているかの様に目を細めて笑みを浮かべる。
「『情報を制する者は、世界を制す』最近の人間どもの言葉です。我々魔族も見習わなければなりませんな」
「やい、ぷろへっさー・たこ! どこで、その事を知りやがった!」
「プロフェッサー・ヌルと呼んでいただきましょうか。相変わらず低能なクマですね」
「なんだとぉ〜っ!」
 今にもヌルに殴りかかりそうな熊の族長を二人は必死になって止める。「クマ」と言うのは、人間が「サル」と呼ばれるのと同じようなニュアンスだと考えると分かりやすい。
 次に発言したのはヌルの元同僚である、大きな角を持つ男だった。
「事情が分かっているなら話は早い。ヌルハチ、新魔王歓迎のために我々が何をすべきか、お前の知恵を借りたい」
「プロフェッサー・ヌルです。新魔王歓迎ですが…やはり、歓迎の宴でもすればいかがですか? 人間界のやり方ですが、新魔王は人間界に詳しい方のようですし」
 ふむ、と考え込む大きな角の魔族。実はこの二人アシュタロスが魔界に居た頃は同僚だった過去がある。
 彼が留守居を任され、ヌルがアシュタロスの命令で人間界に派遣されて以来会っていない、その程度の仲でしかなかったが。

「人間界に詳しいのですか…って、何でそんな事知ってるんですか!?」
「言ったはずですよ、情報を制する者は世界を制すと」
 そう言って一枚の写真を取り出すヌル。それにはルシオラとベスパが写っているのだが、写真の中の二人がカメラに気付いている様子は無い。
「密かにゲソバルスキーに隠し撮りさせました、そこに写っているのが新魔王です。アシュタロスの娘と言える存在なので、魔界に帰還した直後から注目していましたが、その甲斐がありましたよ」
 更にヌルは「強気なのは良いですが、もっと清楚でなければいけません。私の好みではない」と続けるが、三人はナチュラルにそれをスルー。揃って写真をのぞき込んでいる。
「しかし、人間のやる『歓迎』とはどういう物なのだ。山羊を出せば良いのか?」
「ああ、昔はよくあったそうですね」
「色々ありますが…何でしたら、最新の物で行きますか?」
 熊の族長と町長だけでは、こうもスムーズに話は進まなかっただろうが、かつての同僚がいるだけにヌルも素直に協力する。
 ゲソバルスキーに大きな衣装ケースを運ばせて、その中から上下一式の衣服を取り出してみせた。
「それは?」
「人間が絶対の忠誠を誓うために着る物です。新魔王に対して忠誠を示すには丁度良いでしょう」
「なるほど…」
 その服を手に取る大角の魔族。それは黒い長袖の上着に黒い袴で袖は細い。その上下を隙なく着込み、更に白い前掛けをその上に身に着けると言う構造をしていて、その前掛けの肩紐や縁にはフリルがあしらわれている。
「あと、これを頭に」
 そう言ってヌルが取り出したのはフリル付きのカチューシャ。有り体に言ってしまえばメイド服だ。

「揃ってこれを着て、新魔王に対してこう言うのです! 『お帰りなさい、ご主人様』と!!

 何故か急に魔族特有の攻撃衝動が沸き上がり、皆でヌルをタコだけにタコ殴りにしました。



 遠い空の下でタコのタタキが調理されている頃、ルシオラ達は引越しの準備を整えて、仕事を終えて帰ってきた魔鈴に魔王見習いになった事を報告していた。
 それを聞いた魔鈴はルシオラの予想通り喜びの表情を見せる。ルシオラの出世を素直に祝福してくれたと言う事もあるだろうが、やはり魔界の深遠に近付けると言うのは、研究者である彼女にとって非常に興味深い事のようだ。目がまるで年頃の少女のようにキラキラと輝いている。
 それを見てハーピーは、一見まともそうな彼女の正体を何となく察し「類は友を呼ぶ」と言う人間の諺を何故か思い浮かべていた。

「で、魔鈴の転移の魔法でこの家ごと移動したいんだけど、あれってどうやってるの?」
「それでしたら、この石を持って行けばいいですよ。そこに家を出現させますので、平らで広い所において下さい」
「と言うわけでベスパ」
 そう言ってルシオラはベスパに城の鍵と魔鈴の石を渡す。ベスパの方も、もとより押し付けられるだろうと思っていたらしく、溜め息ひとつついてそれらを受け取った。
「それじゃ、ひとっ飛び行ってくるよ」
「お願いね〜」
 頭を掻きながらやる気なさ気に立ち上がったベスパだったが、仮にも上位魔族。しかも、魔王級を除けば最上位の強さを誇る。
 ベスパはさっさと用事を済ませようと、すぐに飛翔してアシュタロスの城に向けて飛び立った。城まではかなりの距離があるが、彼女ならば小一時間で辿り着けるだろう。

「…考えてみりゃ、今住んでる所も≪ソロモン先生≫の勢力下なんだよな」
 飛行中のベスパが、顔に風を感じながらぼやく。
 彼女は魔界に居を構える際に、有力なデタント派魔王の領地を選ぼうとしていた。そんな折に彼女に自分の領地を紹介してくれたのが魔王≪激怒の魔神≫アスモダイ。≪ソロモン先生≫の教え子七十二柱の悪魔の一柱である。
 上半身は人間だが、両肩にそれぞれ雄牛とアヒルの頭を持ち、下半身はガチョウで蛇の尾を生やした姿を持つ巨人だ。元々は智天使のリーダーだったはずなのだが、それが信じられないぐらいの≪激怒≫な強面だ。常に怒っているわけではないのだが、そういう顔をしている。
 そんな彼とベスパの関係はと言うと、上司と部下と言う事になる。実は≪激怒の魔神≫こそが、魔界正規軍の大総統。ベスパ達は今まで、彼の領地を間借りして暮らしていたのである。

 今にして思えば、あれは変な話だった。
 ≪激怒の魔神≫は魔王級の中でも五指に入る実力者にして、魔界正規軍の大総統。それが魔王の娘とは言え、ただの一兵卒相手に親切に自分の領地を提供するだろうか。
「もしかして、姉さんにアシュ様の跡継がせるために、監視できるとこに置いとこうとしたのかねぇ」
 疑い始めるとキリが無いが、そう考えると納得が行くと言うものだ。
「…でも、避けられるようなもんでもないんだよな」
 そう言ってベスパは唇を引きつらせて笑う。
 魔界の情勢を考えれば、次の魔王の選抜は急務である。
 空白地となった領地を狙って代理である≪ソロモン先生≫の勢力に戦いを仕掛ける者が現れれば、それを皮切りにたちまち戦乱が魔界全土に広がるだろう。
 もっとも、アシュタロスと同格の者ばかりの魔王級。その中にせいぜい上位魔族程度の力しか持たないルシオラが加わるのだ、反デタント派に狙われる事は想像に難くない。
「気が抜けないって事か…」
 これから自分たちを襲うであろう騒動を思い浮かべて、ベスパは大きな溜め息をついた。
 彼女の視界に大きな白亜の城が入る。アシュタロス自らが魔力を以って築き上げた城だと言うが、それは魔界に不釣合いな美しい城だった。しかし、ベスパの目には、それが「悪」に適応しきれなかったと言うアシュタロスの苦悩の様に映る。

「…逃げるわけにはいかない、か。姉さんを二度と失ってたまるか」

 巨大な門の前で一瞬躊躇したベスパだったが、襟を正すと金銀の装飾と魔法の施された錠前に鍵を差し込んだ。


「も、もう新魔王が来るのか!? 早く皆に知らせねーと…」
 その時、木の陰に隠れていた小さな影が、長い耳と大きな目玉をせわしなく動かして飛び去った。
 物思いに耽っていたためか、ベスパはその存在に気付く事ができなかった。



「…あ、石が置かれたみたいですね」
 引越しの荷物に囲まれながらのどかなティータイムを満喫していた魔鈴が、オペラグラスのような物を取り出して覗き込む。
 普通に考えればその視線の先は、向かい合って座っているルシオラなのだろうが、魔鈴の目に見えているのは、ベスパに渡した魔石の周囲の風景だ。
「ベスパさーん、そんなに隙間取らなくても大丈夫ですよ。そこの木陰なんかよさそうですね」
 更にマイクを取り出して喋りだす。どうやら声はベスパに届いているようで、配置について色々と指定しているらしい。
 大規模な転移の魔法なため、そう何度も繰り返すわけにはいかないのだ。それだけにどこに家を転移させるか慎重に考えなければいけない。
「その位置でOKです。これから転移するので離れていて下さいね。巻き込まれると助かりませんよ」
 何気なく物騒な事をのたまう魔鈴。しかし、彼女言っている事は正しい。それぐらいの危険性はあって当然なのだ。
「それじゃ、始めます」
 そう言って魔鈴は家の中央に位置する場所に立ち、愛用の魔法の箒を構えた。
 ルシオラ達にも理解できない言語が彼女の口から紡がれ、彼女の足元を中心に床、壁、天井へと光が走り立体的な魔法陣が形成されていく。
「すごいじゃん…」
「人間の魔法使いの中じゃトップレベルとは聞いてたけど、ここまでとは…」
 魔法陣の放つ光にうっすらと照らされる者達が、口々に感嘆の声を漏らす。
 元来魔術とは、神族が人間に宗教を伝えたように魔族が人間に伝えた物なのだが、それも昔の話。
 ≪ソロモン先生≫のような古株の魔族ならともかく、ルシオラ達のような若い魔族達にとって魔術は縁薄い技術と言える。
 何せ魔族は自分の魔力だけで魔術と同じ様な事ができるのだ。無論、魔族自身に準ずる相性と言う物があるが、彼等はわざわざ相性の悪い事のために魔術を行使するよりも自分の力を頼りにする。戦術や有利不利の問題ではなく、そういう精神構造をしているのだ。

「―――――ッ!!」

 ひときわ大きな魔鈴の「声」が響くと同時に、魔法陣もまた強い光を放った。
 ルシオラ達が思わず目を瞑り、しばし。
 次に目を開いたルシオラ。光が収まっている事に気付き、ふと窓の外を見ると、そこには驚愕の表情を浮かべているベスパの姿がそこにあった。
「もう着いたの!?」
「え!?」
 思わず外へと駆け出すが、扉の向こうは見慣れた風景ではない。
 光り輝くような明るい白亜の壁に囲まれた庭園。植えられた植物は魔界の物だが、自生のそれとは違って計算され配置されているのが見て取れる。
「…ここが、アシュ様の城?」
 ベスパが居ると言う事はそうなのだろうが、どこか違和感がある。
「ここが魔王の城ですか? まるで、絵画に出てくる天使の庭園みたいですね」
 いつの間にか隣に立って庭を眺めていた魔鈴の言葉にルシオラはハッと気付いた。
 そう、この城は城壁から庭園に至るまで全てが魔界らしくないのだ。まだ見ていないが、城の内装も同様なのだろう。
 ふと、少し離れたところで佇んでいるベスパを見ると、彼女もどこか哀しげな様子で白亜の城を眺めている。
 彼女も気付いてしまったのであろう、アシュタロスが何故このような城を建てたのか。そして、この美しい城とは裏腹に彼の心の内にあった闇に。

「どんな所かと思ったけど、人間界みたいなとこじゃん」
「これだけ広ければ、この子達も大丈夫みたいだね」
 暢気に庭を眺めるハーピー達。こちらはアシュタロスの事情を知らない組だ。
 ガルーダの雛達は魔界の瘴気が身体に合うのか、ハニワ兵達と庭を駆け回っている。
 しかし、グーラーだけはまだ身体が馴染まないらしい。窓から顔を出してガルーダ達を見守っているが、どこか顔色が悪い。
「あー、あの子達はあたいが面倒みとくから、あんたは休んでるじゃん」
「すまないね…」
 見かねたハーピーが声を掛け休むように促す。グーラーはまだまだ雛鳥のガルーダ達を他人の手に委ねるのは気が咎めたが、初対面のルシオラ達と違って共に窮地を潜り抜けたハーピーとは仲間意識の様なものが芽生えている。彼女にならば任せてもよいだろうと、グーラーは彼女の言葉に甘える事にして窓を閉じた。


「どうする姉さん、このままいくか? それとも改築するのか?」
「んー…このままでいいんじゃない? メルヘンで」
 おずおずと問い掛けるベスパに対し、ルシオラはどこか気の抜けたような返事を返した。
 反デタント派に目の敵にされそうな気もするが、それも今更の話だ。アシュタロスの遺したこの城をそのままの姿で残しておきたいと言う気持ちもある。
「…これだけ立派だと、にいさんにゃ合わない気がするけどねぇ」
「そうかしら?」
 この場合ベスパの意見が正しいのだろう。この城に釣り合うのは、人間界で言うところの貴族である。
 ベスパの脳裏に浮かぶのは、あの山奥の別荘でカップラーメンを啜る横島の姿だった。最近は生活環境が改善されたとは言え、彼女の中では、どうしてもあの頃の彼のイメージが強い。

「ハニワ兵ー、荷物をお城の中に運んでねー」
「ぽー!」
 ルシオラの号令によりハニワ兵達が魔鈴の家から荷物を運び出していった。
 家の中をほぼ埋め尽くしていた荷物だが、城を埋めるにはまったく足りない。この城の大きさを思い知らされる。
 これからはルシオラ達がこの城を守っていかないといけない。今のルシオラ達ではハニワ兵達とルシオラにより料理…いや、改造された食材を合わせたとしても、まったく人手が足りないのは歴然だ。
「ハーピーにも、この城の守りを手伝ってもらうとして」
 本人のいないところで勝手に決めている。
「それでも、全然足りないねぇ…ハニワ兵をもっと増やすかい?」
「地獄の城壁はもう直されちゃったから、中身が流出する事はもう無いと思うわよ」
「まさか、人間界から持ってくるわけにもいかないしねぇ」
「そんな事ができるなら、まず横島に会いにいくわよ」
「そりゃそうか…間違えてアイツをパピリオに渡しちまったのが痛いな」
 間違えて渡されたそれは、今は横島の家にいる。そう、ハニワ兵の中でも異色の≪目付きの悪い≫ハニワ兵の事だ。
 気付いている者は少ないが、彼女のうなじには小さな「ぷちルシちゃんマーク」が付いていて、他のハニワ兵とは少し違う。中身が違うと言うのもあるが、何より重武装で、戦闘する事を前提に作られている。
 と言うのも、彼女を含めた六体はベスパの蜂、パピリオの蝶のような眷属を羨ましがったルシオラが、自らの眷属として作り出した兵鬼なのだ。
「六体の中でも一番火力があるの渡しちゃって…そもそも、あの子達は皆揃わないと真価を発揮しないのよ?」
「と言うか、元々一体だったのを六分割したんだろ」
 最近のルシオラのマイブームは「コンパクトで高性能」らしい。
 目付きの悪いハニワ兵の中身をそのまま使った場合、それに耐えられるハニワ兵のボディは今の何百倍にもなっていたとルシオラは言う。
 そんな強大な魂を、たった六分割でハニワサイズまでに縮小してしまったルシオラの技術は見事としか言い様がない。彼女達はその小さなボディに、三界最先端である武器を搭載している。正に彼女の秘蔵っ子なのだ。

 とは言え、それもあくまで六体揃った時の話。一体が遠く離れてしまった現在では、彼女等の力は中位魔族程度でしかない。
「ちょっと凝りすぎたかしら?」
「…だろうな」
 悪びれないルシオラに対してベスパはため息をついた。


 ルシオラが庭のベンチに腰掛けてハニワ兵の指揮を執っている間、ベスパはその隣に腰掛け、正規軍から手に入れたこの城の周辺地域の資料を読み漁っていた。
 彼女は今、いかにして姉ルシオラを守ろうか苦心している。
 もし、反デタント派の魔王がルシオラを狙うとしても、本人が攻めて来ると言う事はないだろう。魔界においての戦う際の規則は「弱者が強者の下へ出向く、強者は弱者を待つ」と言う物。かつて『サっちゃん』がデタントのため、強者が無闇に力を振るわないようにと定めた規則だが、これのおかげで自らルシオラの元に出向くのは「自分の方が弱者である」と宣言するような意味合いとなり、彼等の沽券に関わるのだ。『サっちゃん』に感謝しなくてはならないだろう。
 問題は「魔王ルシオラ」と言うだけで、実力も過大評価されかねないと言う点だ。

 ルシオラが新魔王に就任した今、ベスパ達は魔界において「ルシオラ軍」と呼ばれる存在となる。
 新魔王の威厳を損なわないように気をつけなければならない。民からもなめられるようになったらお終いだ。
 この城を取り巻く状況を考えれば、これからの自分達の行い次第で魔界の行く末が左右されると言っても過言ではない。彼女の目の前にそびえる白亜の城が魔界全土を巻き込む大渦の中心と成り得るのだ。
「力ある獣人が結構いるが…名のある魔族は住んでないな」
 現在ベスパはルシオラ軍の戦力を増強するために、領地内に力ある魔族が住んでいないかを調べていたが、結果は芳しくない。
 元よりアシュタロスの残党のような者達は、このような資料に名前が載っているはずもないので、アシュタロスが行方不明になって数百年の間に生まれた魔族に期待してみたが、こちらも小粒ばかりだ。
「今は、ある程度数を揃えるべきか…いや、それじゃ上位魔族が攻めてきたら、時間稼ぎにも…」
「ベスパ、考え過ぎじゃない?」
「姉さんがお気楽過ぎるんだよ」
 もう少し、今の状況を考えて欲しい、そうルシオラを嗜めようとしたベスパだったが、それは大慌てで飛んで来たハーピーに遮られる事になる。
「た、大変じゃん!」
「どうしたの?」
「城門に魔族が押し寄せてきてるじゃんっ!!」
「何だってッ!?」
 ベスパはすぐさま立ち上がり、眷属の妖蜂を呼び寄せて羽音の群を伴って城門へと飛んだ。
 早くも反デタント派が来たかと思い、歩廊に上って城門前の様子を伺ってみるが、どうも様子が違う。
「こいつは…」
 大勢の魔族が城門にすがるように集まっている。
 どう見ても戦いを挑みに来たようには見えない。
 ベスパが戸惑っていると、その脇からルシオラがひょっこり顔を出した。
「近くに住んでる人達みたいね」
「ね、ねえさん!? ここは危ないから引っ込んで…」
「挨拶しないわけにはいかないでしょ」
 ルシオラの言う通りである。べスパは自分でも気付かぬうちに少々心配性が過ぎていたようだ。
 落ち着いて見てみると、城門の前にいるのは魔界の一般人達だ。多少強いのも混ざっているだろうが、ルシオラ、べスパの二人に敵う者はいないだろう。
 ハーピーにガルーダの雛達を城の中へ入れておくよう言いつけると、二人は歩廊を下りて城門を開く。
 すると先程までヌルの元へ行っていた三つ目の町長、熊の族長、大きな角の魔族の三人を先頭に「お帰りなさいませ、ご主人様!」と平身低頭の姿勢で一斉にひれ伏したのだ。
 どうやら、ヌルの助言が一部採用されたらしい。流石にメイド服は着ていない。
「わざわざ挨拶に来てくれたのね」
「ハッ! 我等一同、新魔王ルシオラ様に忠誠を誓いまする!」
 大きな角の魔族が代表して挨拶の口上を述べ、皆揃って再び頭を下げる。

「………へ?」

 ベスパに向かって。

「流石はアシュタロス閣下の血を受け継ぐお方! どことなく父君の面影がありますな!」
「そ、そうか…?」
 少し興奮気味の男は更にまくしたてる。
 背後の城門の陰から顔を覗かせたハーピーが「そいつ確か、昔アシュタロスに仕えてたヤツじゃん」と言ってくれたおかげで、眼前の男が何故興奮気味なのかはおおよそ理解できたのだが、この男…いや、この場にひれ伏す全員が根本的かつ致命的な部分で大きな間違いを犯している。確かに今の彼女の状況を考えると間違われても無理はない。

 そして男は決定的となる一言を口にした。

「ところで、こちらのお嬢様はお子様でしょうか?
「………」
「………」
 その時、ハーピーは確かに聞いた。ナニかが切れる二つの音を。

「私がおねえさまだぁーッ!!」
「誰が子持ちだぁーッ!!」


 その後の事は語るまい。
 姉と、妹と勘違いされるまでは覚悟していた。
 だが、親子扱いされては年頃の乙女として黙っていられない。

 結果として新魔王ルシオラの名は畏怖と共に知れ渡る事になる。
 とりあえず、ベスパが懸念していた事のひとつ「民になめられる魔王」にはならずに済みそうだ。



覇道の始まり



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