topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.109
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 レーベンスシュルト城に引っ越した翌朝、結局千雨は、早朝のジョギングからは逃げられなかった。
 夕映も参加していない事を理由にサボろうと思っていたのだが、彼女もあれから考え直したようで、住人が増えたのを期に一念発起し、今日から参加する事になっている。
 千雨は、よりによってこのタイミングで参加しなくてもと思ったが、こればかりは夕映に文句を言っても仕方が無い。諦めた千雨は、ジャージに着替えて表に出たのだが、そこで繰り広げられる光景に千雨は呆気に取られてしまった。
「……何やってんだ、お前等」
「うにゅ〜、横島さぁ〜ん♪」
 千雨の目の前で、アスナが横島の胸に飛び込み、子猫のように鼻を擦り寄せて甘えた声を出している。
 実のところ千雨は、しょっちゅうあやかと激しいケンカを繰り広げる彼女に対し「乱暴者」のイメージを抱いていたのだが、それを粉微塵に吹き飛ばしてしまいそうな蕩けっぷりだ。クラスメイトのはずの彼女が、ずっと年下の子供のように見えてしまうのは、気のせいではあるまい。
 それだけでは終わらず、アスナの次は古菲、その次は愛衣と、入れ替わり立ち替わり横島に抱き着き、挨拶をしている。夕映、あやか、高音、刹那、美空、それにシャークティは傍観している。食事当番のためにこの場にいない茶々丸、刀子、裕奈。端から早朝のジョギングに参加しないエヴァも当然ながら抱きついていない。
 修学旅行以来、親しくなった美空に尋ねてみたところ、これは毎朝恒例の挨拶らしい。早朝の修行は、学校に行かねばならない事も考えて、あまり激しいものは行われず、それぞれ別々に修行をするため、最初にこうしてスキンシップを楽しんでいるのだ。
 そもそも、必要なのかと言うツっこみは無用である。
「………」
 千雨がふと隣を見ると、彼女と同じく今日が初参加のアキラが呆然と立っていた。見ているだけでも恥ずかしいのか、その顔は真っ赤に染まっている。
「なんなら、二人も行ってくれば? 横島さんなら、いつでもウェルカムだと思うよ」
「ばっ……で、出来る訳ねぇだろ!?」
 からかうような口調の美空。冗談なのだろうが、千雨の方には冗談で返す余裕もなく口吃ってしまう。実はこっそり、自分がアスナ達のように横島に抱き着いたらどうなるかを想像していたのだ。
 まるで心の内を見透かしたようにニヤニヤと笑う美空。それを見て千雨は頭を抱えた。自分でもらしくないと思うが、あの仮契約(パクティオー)以来、彼の事を意識してしまっている。その事は千雨自身も自覚していた。夢見る乙女じゃあるまいしと、自分自身の意外な一面に驚いていたりする。
「うおっ、那波もかよ」
 続いて千鶴が横島に抱き着いた。彼女は横島の背に手を回し、身体を密着させて抱き着く。大人顔負けの胸を押し付けられているのだ。彼の顔がにやけてしまうのは仕方のない事だろう。
 やっている事はアスナ達と同じなのだが、こちらは見ていると先程までとは別の意味で恥ずかしくなってしまう。アスナ達は子供が甘えているようなイメージがあったが、千鶴はどこかが違う。千雨は、まるで他人の新婚家庭に迷い込んでしまったかのような気恥ずかしさと居心地の悪さを覚えた。
「いやぁ、やっぱ千鶴姉は格が違うねぇ」
『年齢が』の間違いじゃねぇのか?」
「千雨さん、何か言いました?」
「い、いや、なんでもない、なんでもない!」
 千鶴が抱き着いたまま振り返り、顔だけを千雨達に向ける。その表情は笑顔だが、異様な迫力を醸し出している。千雨と美空の二人が、思わず背筋を伸ばしてしまった程だ。

「あの、私も、いいかな……?」
 ここで、うずうずしながら見ていたアキラが動いた。
 アスナ達を見ていて羨ましく思ったのだろうか。自分から横島に近付き、千鶴に続いて横島に抱き着く。
 先程までとは打って変わり、やけにほのぼのして見えるのは気のせいだろうか。近付くまでは真っ赤だった顔が、今は安らいだものになっている。二人の背丈がほとんど変わらぬためか、それとも彼女の雰囲気がそう感じさせるのか、アキラの方が年上に見えてくるような気がしないでもない。
 これまでは照れ屋なために一歩退いていた感のあるアキラだったが、『キャラバンクエスト』の世界で横島にお姫様抱っこされて以来、彼女の中で何かが吹っ切れたのかも知れない。今のアキラは、横島に抱き着く事で安心しきっている様子だ。
 その様子を見て千雨は思い出してしまった。彼女もまた、『キャラバンクエスト』の世界で彼にお姫様抱っこされたのだ。恥ずかしかったが、横島に守られているのだと、あの非常時の中でも安心する事が出来た。もしかしたら、アスナ達もあの安心感を求めているのかも知れない。千雨の心の中で、彼女達を羨ましいと言う想いがむくむくと膨れ上がってきた。
「千雨さんは、行かないんですか?」
「うぉっ!?」
 またもや、心の内を見透かしたようなタイミングで掛けられる声。今度は美空ではなく夕映からの声だ。
 ドキドキしながら夕映の顔を見る千雨。そこでふと彼女の頭に疑問が過ぎった。夕映は抱き着きに行かないのだろうかと。
「そ、そう言うお前は行かないのかよ?」
「私は、起こしに来てもらった時に済ませてますから」
「……あ、そう」
 朝に弱い夕映は、毎朝横島に起こしてもらっている。それを聞いた千雨は、寝起き姿を男性に見られて良いのかと疑問に思うが、当人曰く、他の男性ならともかく、横島ならば構わないとの事だ。
 千雨はチラチラと横目で横島を見ながら、アキラや夕映のように素直になれば楽になれるのではないかと、ある種の悪魔の誘惑に屈しそうになっていた。

「素直になっちゃえば〜? 『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』なんだしさぁ〜」
 そんな彼女を眺めながら、美空がニヤニヤと笑っていたのは言うまでもない事である。


 一通り「挨拶」が終わると、皆で準備運動をしてジョギングがスタートする。
 体力に自信の無い千雨は、準備運動をしながら皆について行ける訳がないと不安だったが、その辺りはきっちり考えられていた。ジョギングは大きく三つのグループに分かれて行われる。千雨のように、体力に自信の無い者達、裕奈のように一般人の枠内で体力に自信の有る者達、そしてアスナのような常人離れの脚力を誇る者達の三つだ。
 ジョギングがスタートすると、まずアスナ、美空、古菲、刹那の四人が猛スピードで走り始める。もう少し落ち着けとツっこみたくなるが、これが彼女達のいつものペースなのだ。元々は、体育の授業でも陸上競技の時は張り合うアスナと美空が、どちらが速くレーベンスシュルト城を一周出来るかと競争していたのだが、これが毎朝の恒例行事となり現在に至る。今日は食事当番のために参加していないが、刀子もこの競争には参加しているそうだ。
「私も、頑張ってみる」
 横島に元気を貰ったのか、アキラも張り切った様子でこの競争に参加する。アスナと同じく天然で経絡が開いている彼女は、古菲や刹那が一目置くだけあって、アスナ達に負けないスピードで走り去って行った。

 その次に続くのは、あやか、高音、シャークティと言った常人レベルで体力のある面々だ。高音やシャークティは、魔法使いの中でも指折りの実力者だが、体力自体は「人並み」だったりする。
 そして、最後は千雨を筆頭に体力に自信の無い者達。彼女以外にも木乃香、夕映、千鶴、夏美、愛衣、ココネの合わせて七人がこのグループとなる。横島は、体力自体は相当なものだが、ジョギング中はこのグループの付き添いだ。
 これでは横島のトレーニングにならないのではないかと思われそうだが、彼は彼できっちり修行していたりする。と言うのも、横島はゆったり走りながらも、全身に霊力を巡らせているのだ。
 この最後尾のグループは、デッドヒートを繰り広げるアスナ達とは裏腹にのんびりとしている。これならば、千雨でも続けられそうだ。あまりに遅れると、横島が様子を見に来て隣に並ぶのが、千雨にとっては問題ではあるが、これは彼女の心の問題であろう。

 そしてジョギングが終わると、それぞれ別々の修行が始まる。魔法の練習をする者、演武をする者、様々だ。今日初参加の千雨、アキラ、夕映はと言うと、高音が中心になって行っているストレッチ等の基礎訓練を行っている。ジョギングで疲れている千雨、夕映に比べ、アキラは楽々こなしていたので、いずれ彼女は別の修行に参加するかも知れない。
「い、意外と、健康的な生活、送ってるんだな……」
「……どんな生活をしていると思ってたですか?」
 千雨の呟きに夕映が律儀にツっこみを入れる。
 傍から見ていた千雨が抱いていたレーベンスシュルト城のイメージは、横島を中心にいちゃいちゃと自堕落な生活を送っていると言うものだった。朝の「挨拶」などを見る限り、それも決して間違いではないのだが、それだけでは終わらない。
 早起きしてジョギング、トレーニング。学校に行けば昼休みに皆で自習。学校、部活を終えて帰ってくれば夜まで修行をして、夜はまた皆で受験勉強をする。話を聞いた千雨が、思わず目眩を覚えるほどの優等生っぷりだ。
 そんな生活を送ってストレスが溜まらないのかと思うが、それをフォローするのが横島の存在であり、彼との修行であるらしい。

 とんでもない所に来たのかも知れない。千雨は改めてレーベンスシュルト城の生活を知り、戦慄を覚えた。
「そうは言いますが、ネギ先生の所に比べれば、肉体的には大分楽なはずですよ?」
「マジかよ……」
 時折城を訪れるネギから聞いた話によると、ネギパーティの方は学校以外のほとんどの時間を修行漬けで過ごしているらしい。
 魔法先生達が稽古を付けてくれるようになってから、その内容は更に激しさを増したそうだ。ネギの『魔法使いの従者』である豪徳寺を始めとする面々が、魔法先生と共に警備に出るようになったので、必要に迫られてと言うのもあるのだろう。
 メキメキと実力を付けているそうだが、その分無茶をしている事は想像に難くない。

「その点、横島さんは優しいものですよ。無茶をさせませんから。その、優しくしてくれますし」
 そう言ってぽっと頬を染める夕映。「何をだ」とツっこむ気力は、今の千雨には残されていなかった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.109


 その日の放課後、帰宅部である千雨は部活がある面々よりも一足先に帰宅する事になる。
「あ、千雨ちゃ〜ん、今帰り?」
 間違えて女子寮の方に向かう電車に乗り掛けるが、そこに駆け寄って来たアスナが声を掛けてくれたおかげで事なきを得た。
 そのまま二人で一緒に、エヴァの家の方へと向かう電車を待つ。麻帆良では部活が盛んなので、この時間帯は駅の構内も人の姿がまばらだ。
「ん、お前も今帰りか? 部活はどうしたんだ?」
「学園祭に出す作品製作は終わらせたから」
 美術部に所属するアスナは、ここ最近早朝の内に学校に行き、学園祭に出す作品の製作に精を出していた。その甲斐あって、学園祭まで半月以上残して作品を完成させたらしい。
「これで、毎日皆より一足早く帰れるわ! なんとしても、学園祭までにサイキックソーサーを覚えるわよ!」
 アスナは、ぐっと握り締めた拳を高々と上げて言い放つ。美術部では幽霊部員であり、部員からは天然記念物扱いされている彼女が、ここまで必死に作品製作を頑張ったのも、全ては横島との修行時間を確保するためだ。彼女はそのために、長年続けてきた新聞配達も既に辞めている。
 これは言わば、除霊助手、そして見習いGSとして、引き返せない状態に自分を追い込んでいると言う事だ。しかし、彼女にはそれを重荷に感じている様子は無い。
 『バカレンジャー』と呼ばれる程に勉強嫌いだった彼女が、今必死になって勉強しているのも、六道女学院の除霊科を受験するためだ。麻帆良ならば、ほとんどエスカレーター式に進学出来る高校もあるのにご苦労な事だと千雨は思う。
 しかし、そんな自ら苦労を背負い込んでいるアスナの顔は、今まで以上に輝いていた。横島との修行について嬉しそうに、それでいて少し恥ずかしそうに語る彼女の表情からは、日々の生活が充実している事が伺える。本当に幸せそうであった。
 考えてみれば、勉強にスポーツ、友情に恋と、アスナは青春を謳歌し、心ゆくまで満喫していると言えるだろう。千雨は、朝の横島に抱き着く彼女を見ていた時とは、違う意味で彼女を羨ましく思った。
「なんか、最近楽しそうだな、お前」
「そりゃ楽しいわよ。最近、授業も分かるようになってきたし。何より横島さんがいるし!」
 臆面もなく答えるアスナ。これほど素直になれれば、どれほど気楽だろうか。
「お城での生活も、最初はどうなるかと思ったけど、結構楽しいのよねぇ」
「そうなのか?」
 疑問を口にしながらも、千雨は心のどこかでアスナの言葉に同意していた。レーベンスシュルト城に引っ越してまだ一日だが、寮に居た時より皆との距離が縮まった気がする。
 コスプレ趣味を知られてしまったと言うのもあるが、それだけではない。では何かと問われると上手く答える事が出来ないが、確かに千雨はあの城に居心地の良さを感じていた。早朝のジョギング等、逃げたくなるような日課を知ってもなお、寮に帰ろうとしないのはそのためである。
「お前達も今帰りか」
 背後から掛けられた声に振り返り、更に視線を下に向けると、そこには同じく学校帰りのエヴァの姿があった。
「あれ? エヴァちゃん、茶道部は?」
「ああ、学園祭でやる野点の準備をしている。私にとっては毎年の事だからな、サボらせてもらったよ」
「ふ〜ん」
 ちなみに、エヴァと同じく茶道部に所属する茶々丸は、真面目に準備に参加している。ニューボディになった事でスリーサイズが変わっており、着物のサイズを合わせなければならないそうだ。
 野点茶会の当日に着るのならば、まだ時間的余裕もあるのだが、茶々丸は学園祭の準備期間に入ったら、その着物を着て参加者を募集するチラシを配る事になっているため、どうしても今日中に済ませておかねばならないのだ。
 ちなみに、学園祭の準備期間と言うのは、学園祭が始まる前の十五日間の事を指す。来週の話だが、場合によっては着物を新調する必要があるので早めに済ませておきたいのだろう。

 そんな話をしている内に電車が来たので、三人で乗り込む。空いていたので、三人とも席に着く事が出来た。
 やがて電車が動き出すと、腕を組んだエヴァが面白くなさそうに話し始める。
「まったく、魔法界の連中め……準備期間が始まる前に来るとは、暇な連中だ」
 どうやら今週の土曜日に来ると言う、魔法界本国からの援軍についての話のようだ。興味があるのか、アスナがその話に食い付く。千雨は、あまり関わりたくないと思ったが、レーベンスシュルト城に引っ越した以上、最早他人事とは言ってられないので、おとなしく耳を傾ける。
「でも、準備期間って毎年どこも混雑するでしょ。守るなら、準備期間から守らないといけないんじゃないの?」
「まぁ、そうなんだがな……」
 アスナの言う通りであった。学園祭が行われる三日間だけではなく、準備期間の間から警備出来るように手配したのは、他ならぬ学園長だったりする。担当の割り振りをしなければならないと考えれば、今週の土曜は丁度良いだろう。その事はエヴァも分かっていた。
「……まぁ、レーベンスシュルト城は独立部隊だから、直接関わる事もないだろう」
 そう言ってエヴァは大きな溜め息をついた。どうやら彼女は、かつて賞金首だった過去があるせいか、あまり魔法界の魔法使い達とは関わり合いになりたくないようだ。
 その事を考えれば、今の彼女の立場は幸運と言えるだろう。現在、関東魔法協会の戦力は敵の襲来に備えて三つの部隊に別れている。学園長、高畑、明石教授が率いる本隊に、弐集院、ガンドルフィーニ、神多羅木の三人にネギパーティも合わせたセーフハウスを本拠とした部隊。それに横島パーティを中心としたレーベンスシュルト城を本拠にした別働隊だ。
 この別働隊は、他の二隊と違い『彼』が狙う可能性のある木乃香を守る事を主な目的としている。魔法界や西からの援軍は学園長の本隊と共に動く事になるので、直接関わる機会が少なくなりそうなのが、エヴァにとっての救いだ。

 このまま話していても面白くない話になりそうなので、エヴァは話を変える事にした。
「ところで、お前のアーティファクトなんだが」
「ん、『Grimoire Book』か?」
 千雨は、ポケットに入れていた仮契約カードを取り出し、エヴァに見せる。そこには『Grimoire Book』を持った制服姿の千雨の姿が描かれている。こっそり千雨は、「ちう」ではなく「千雨」の姿が描かれたこのカードが気に入っていた。ネットアイドルと言う偶像ではなく、自分自身を見てくれていると言う気がするのだ。
 そんな感慨などおかまいなしに、エヴァは話を進める。
「ああ、それだ。それは元々神族の調査官のために作られた物らしいな?」
「そう言や、そんな話をしてたな……」
「帰ったら、私の呪いを調査してみろ。もしかしたら、夏休みを待たずして呪いが解けるかも知れん」
「呪い? ああ、『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』とか言う、ふざけた名前のヤツか」
「そう、そのふざけたヤツだ」
 夏休みになれば、横島が妙神山に連れて行ってくれる事になっているのだが、それより早くに解除出来る可能性があるのならば、試してみたいのだろう。もし解除出来ればすぐにでも遊園地に遊びに行けるので、このチャンスを見逃すと言う選択肢はエヴァには無い。
「う〜ん……まぁ、いいぞ。私もこれでどこまで出来るか、知っときたいしな」
 ゲームの中に取り込まれ、その状況を解決するために仮契約した千雨だったが、せっかく手に入れたアーティファクトを、それだけで終わらせるつもりはなかった。
 逆にあれっきりで終わらせるつもりならば、そもそもレーベンスシュルト城に引っ越さなかっただろう。『魔法使いの従者』としての自覚は薄いが、横島とはもう無関係と言うつもりもない。むしろ、ファーストキスを奪ったのだから覚悟しておけと考えている程だ。
 千雨も『Grimoire Book』の能力をもっと詳しく知るために、魔法に詳しい誰かに相談したいと思っていたところだったので、エヴァの申し出は渡りに船である。
 ちなみに、横島は最初から相談相手の候補に入っていない。魔法に詳しくなさそうだと言うのもあるが、面と向かって相談するのが恥ずかしいのだ。


 そのまま三人一緒に帰宅すると、家の近くの小川ですらむぃ達三人が出迎えてくれた。
 彼女達は、エヴァ達が留守の間は三人揃って家の周辺を警備している。誰かが帰宅すると一人か二人が一緒に家に入り、そして夜になると交代して、警備に就くのだ。サボる事も多いのだが、学園祭が近付くにつれて真面目に警備するようにエヴァから申し付けられている。エヴァに言われたぐらいでは、彼女達は真面目にやらないのだが、横島と茶々丸からも同じ事を頼まれたので、しっかり真面目に警備している。
 彼女達は、外の様子が分かりにくいレーベンスシュルト城内に、外で異変が起きたらいの一番に知らせる役目を担っていた。
 横島の姿がないため、すらむぃとぷりんはそのまま外に残り、あめ子が一緒に城内に入る。意外にも彼女は、最近あやかと仲が良かったりする。

 城内に入り、別棟のサロンに戻って一息つくと、早速千雨は『来れ(アデアット)』と唱えてアーティファクトを出現させた。そして、テーブルを挟んでエヴァと向かい合って座り、『Grimoire Book』を起動させる。
 アスナは千雨の隣に座り、あめ子も千雨の頭に登って画面を覗き込むが、二人にはちんぷんかんぷんだ。千雨はドラゴンをハッキングした時のようにエヴァを対象に選んで情報を取得しようとする。
「……あれ?」
「どうした?」
「いや、データが入って来ない」
「おかしいな。チクチクする感じはあるが、別に防ごうとかはしてないぞ」
 しかし、千雨が何度操作してもエラーが出るばかりで情報を取得する事が出来なかった。エヴァも障壁を張るなりして妨害している訳でもないので首を傾げている。
「ねぇ、それは古菲のみたいに説明書とか付いてないの?」
「一応あったはずだが……あ、ヘルプがあるわ」
 『Grimoire Book』内のヘルプを使って調べる千雨。無言でそれを読み進める表情が、ある一文を目にしたのを境に絶句し、そして冷や汗を垂らす。
「ど、どうした?」
「………」
 その表情の変化に、流石のエヴァも不安になって、おずおずと問い掛けた。しかし、千雨は答えない。
 アスナとあめ子が、更に身を乗り出してモニタを覗き込む。『Grimoire Book』の操作についてはよく分からないが、そこに表示されているヘルプの内容は読む事が出来た。
「あ、なるほどー。そう言う事ですかー」
 先に理解したのはあめ子だった。
「あめ子、何か分かったのか?」
「はい、このアーティファクトは、あくまで持ち主をサポートする物のようデス」
「どう言う事だ?」
 眉を顰めたエヴァが問い掛けると、あめ子が説明を始める。
 要するに、これは『ハッキング能力を持ったアーティファクト』なのではなく、『持ち主にハッキング能力を与えるアーティファクト』なのだ。他にも色々と能力はあるようだが、全てに共通している事は、その力の根源は持ち主である千雨自身と言う事である。
「あ、もしかして……」
「………」
 そこまで聞いて、アスナもおおよその事を理解した。エヴァも察したらしく、頭を抱えている。
 『Grimoire Book』の能力は千雨の霊力を以て発動する。ヘルプの説明によると、対象が無機物であれば一般人の霊力でもハッキングする事が可能なようだが、対象が生物であったり、魔法で防御されている場合は使い手にも相応の霊力が要求される。一般人である彼女のマイトでは無抵抗のエヴァですら調査できないのだ。無論技術も必要なのだが、それ以前の問題なのである。
「え、えーっと、つまり……」
「お前、今日から横島の修行を受けろ。サクッと経絡開いてもらって来い」
「やっぱ、そうなんのかよ!?」
 予想通りの展開にソファからずり落ち掛ける千雨。アスナ達が出城でやっている修行は見た事がないが、経絡を開いた夕映がどうなったのかは知っている。
 しかし、拒んだところでエヴァがおとなしく引き下がってくれるはずもない。霊力の代わりに吸血鬼にして魔力で補わせようとしない辺り、これでもまだおとなしい方だと言える。
 千雨が体勢を整えて、じりじりと逃げるチャンスを伺っていると、そこに勢い良く扉を開いて横島が帰って来た。
「ただいま〜って、何やってんだ?」
 エヴァの意識が一瞬彼に向いた隙を逃さず、千雨はソファから飛び退いて横島の方に駆け出す。エヴァもすぐにそれに気付き、後を追おうとするが、スタートダッシュの差のおかげで、千雨は横島の背に隠れる事が出来た。
「千雨っち、何やってんの?」
「かくれんぼですか〜?」
「お前らまでいんのかよ!? て言うか、何しに来たんだ!?」
 ところが、そこには先客が居た。風香と史伽の二人だ。更に背後には夕映の姿もある。どうやら横島はこの四人で帰って来たらしい。
「実はですね……」
 千雨の問いには、夕映が答えた。
 その答えを聞き、千雨は顔を青くし、そしてエヴァは満面の笑みを浮かべる。
「と言う訳で、今日からよろしくね〜!」
「私達も、お引っ越しで〜す!」
 なんと、今日から風香と史伽の二人もレーベンスシュルト城に引っ越してくると言うのだ。
 昨日皆で話した横島の修行を発展させる事について、夕映は「長期間に渡って実験に付き合う事が出来る一般人」の候補として、風香に目を付けた。彼女は以前から横島に霊力を目覚めさせる修行をさせて欲しいと望んでいたが、危険だからと言う理由で断られ続けていた。
 そんな彼女にとって、この実験の話は渡りに船だ。この実験が上手くいけば、時間は掛かるものの、安全に経絡を開く事が出来る。すぐさま夕映と史伽を伴って横島に頼み込みに行った。夕映の援護もあって、横島もとうとう折れた。この実験を行っても経絡が開きやすくなる気配がなければ諦めると言う条件で、風香の申し出を受け容れる事となる。
 風香が受け容れられると、すぐに史伽も同じ事を頼み込んできた。こちらは風香ほど本気で霊能力者になりたいと考えている訳ではないのだが、それ以上に風香と離れ離れになりたくないのだろう。横島は、こうなればまとめて面倒をみると史伽も受け容れ、そのまま四人で帰って来たと言う訳だ。
「横島。だったら、そいつも一緒に面倒を見てやってくれんか?」
「千雨ちゃんを?」
 疑問符を浮かべる横島に、エヴァは『Grimoire Book』は霊力が高くなければ役に立たない事を伝える。
「えっと、その……風香達がやる実験ってのは安全なのか?」
「間違って経絡を開いたりするような心配なら、無いと思うぞ」
「………」
 その答えを聞いて千雨は考え込む。『Grimoire Book』が、霊力がなければ真価を発揮しないと言うのは事実だ。だからと言って、一時期立ち上がる事も出来なくなった夕映のような目に遭ってまで霊力を身に着けたいとは思わない。
 しかし、安全かも知れない方法が今目の前にある。それならば、やっても良いんじゃないかと言う考えが、千雨の頭に浮かんだ。
「……その実験、私も参加させてくれないか?」
「千雨ちゃんも?」
「ああ、『Grimoire Book』を使うにゃ、霊力が必要みたいだからな」
「そんな悠長な事しなくても、一気に経絡を開いてしまえば良いだろうに」
「痛いのはイヤなんだよ!」
 横島の背に隠れながら、エヴァに対して言い返す千雨。横島が一緒だと強気である。
 エヴァも夏休みに妙神山に行く事が決まっている以上、そこまで『Grimoire Book』による解呪に拘る気は無いようで、それ以上食い下がる事はなく、おとなしく引き下がった。妙神山が駄目だった時の保険になれば良いだろう程度に考えている。

「それじゃ、早速出城の方に行きますか?」
 話がまとまったところでアスナが声を掛けてきた。そう言ってる本人は、今すぐにでも出城に行きたいようで、うずうずしている。
「出城に行くのは、皆が帰ってからな」
 しかし、横島はそんなアスナを窘める。
 忘れてはならない。横島は、霊力を送り込む修行を、いざと言う時に自分を止められる者が居る所でしかやらない。今の状態では、アスナに修行をしている時に彼を止められる者がいないので、仮に出城に行ったとしても、いつもの修行を行う事は出来なかった。
「それまではここでサイキックソーサーの修行をしようか」
「ハイ! ちゃんと見ててくださいね、横島さん!」
 一方、アスナは窘められても気にしていなかった。彼女にとって大事なのは出城で修行する事ではなく、横島と一緒に居る事なのだ。彼が見ていてくれるのであれば、場所はどこだろうと構わないのだ。
 千雨、風香、史伽の三人も、アスナの修行をおとなしく見学している。修行している所を見るのは初めてなので、皆興味津々の様子だ。今日から自分達も同じような事を行う事になるのだから尚更である。

「そうそう横島さん。密着して霊力を送り込むのに、服が邪魔になる件についてですが」
「―――ッ!?」
 夕映の言葉が耳に入った千雨は、驚愕の表情で彼女の方に振り返った。どのように修行をするか、詳しく知らないまま受ける事になってしまったが、まさか脱がねばならないと言うのだろうか。
 『キャラバンクエスト』の世界から戻って来た直後の事を思い出し顔を赤くする千雨だったが、詳しく話を聞いてみると、そうではないらしい。
「何か良い手があったか?」
「流石に全裸で修行する訳にはいきませんし、やはり霊衣を取り寄せる事を考えてはいかがでしょう?」
「やっぱ、それが一番かなぁ? 手頃なの探してみるか」
 二人の会話を聞いて、千雨はほっと胸を撫で下ろす。修行とは言え裸になる事など出来ない。しかし、流石にそれは無いようなので一安心だ。
 どんな修行なのだろうと思いを馳せながらアスナの修行を見学している内に、次々に部活をしている面々も帰ってきた。皆、新たな仲間である千雨、風香、史伽の三人を歓迎する。同じく今日から修行に参加する事になっていたアキラも戻って来て、千雨達も修行を受けると言う話を聞くと、少し恥ずかしそうに「よろしく……」と声を掛けてきた。
 考えてみれば、今日初参加の四人は、千雨が『キャラバンクエスト』に取り込まれる前日に一緒に夕食を食べた面々だ。縁は異なもの味なものと言うが、これまた奇妙な縁である。
「それにしても、どんな修行なんだろうな? 私の場合は、なんか実験らしいから、アスナ達のとはまた違うんだろうけど」
「裕奈に聞いたんだけど……開き直った方が楽らしいよ?」
「なんだそりゃ?」
「よく分からないけど、皆一緒だから大丈夫だって言ってた」
「皆一緒ねぇ……」
 それだけではよく分からないが、アスナがあれだけ楽しみにしている修行なのだから、少なくとも辛いものではないだろう。千雨はあまり悲観せずに待つ事にした。

 そうこうしている内に皆が帰宅し、朝と同じ今日の食事当番とエヴァを除く面々が出城へと移動する。
 アスナだけでなく、古菲達も修行を楽しみにしている様子で、食事当番であるため参加出来ない裕奈は残念そうだ。
「ん……まぁ、横島さんが大丈夫だって言ってるし、大丈夫だよな」
 今日から千雨も修行に参加すると聞き、美空が達観したような表情で肩を叩いてきたのが気になるが、ここは横島を信じて出城に向かう。彼女が出城で行われる修行がどのようなものかを知るのは、もうすぐである。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 オリジナルアーティファクト『Grimoire Book』
 経絡、及び横島の修行に関する各種設定。
 エヴァの家周辺の地理。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

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