topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.110
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 アスナ達の修行場である出城に向かう一行。まずはレーベンスシュルト城を出て城外に向かう。元が古い城であるため照明器具が備え付けられていない場所も多く、一行は薄暗い廊下を窓から差し込む光を頼りに歩いていた。
 先頭を歩く横島の両手はそれぞれココネと史伽の二人が握っており、風香は彼に肩車をしてもらっている。なんとも微笑ましい光景だが、後ろからこの光景を見ているアスナ達は、この双子の姉妹が自分達の同級生、来年は高校生になると言う事を忘れそうになってしまう。
 その後ろにアスナ、古菲、千鶴、夕映、横島の『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』の四人に、木乃香と刹那、それに高音と愛衣が続く。千雨とアキラは更にその後ろを美空と歩き、最後尾にはシャークティが続いていた。朝と同じく今日の食事当番である裕奈と刀子の二人は、今日は不参加だ。
 その道すがら、修行の事を事前にもっと知っておきたいと思った千雨は、隣を歩く美空に問い掛ける。
「なぁ、私が受ける修行ってどんななんだ?」
「いや、私も見てるだけだから、よく知らないんだよね。とりあえず、エロいよ。見てて恥ずかしくなるぐらいに」
「エ……っ!? そ、そうなのか?」
 しかし、いつも見ているだけの彼女から得られる情報は僅かであった。彼女にしてみれば、毎日アスナ達があふんあふん言ってるようにしか見えないのだ。あれで修行になるのだから、楽なものだと考えていたりする。だからと言って自分がやる気にはなれないが。
 美空は、アスナ達を見ていると思うのだ。もし自分があの修行を受ければ、きっと横島にのめり込んでしまうと。それは平穏な日常から遠ざかる事を意味していた。
 彼女が魔法使いの修行をしているのは、魔法使いである両親の言いつけで「高校を卒業するまではおしとやかに、魔法使いの修行もする」と約束しているからだ。大学生にでもなって身軽になれば、遊び回りたいと考えている彼女にとって、それだけは避けねばならない。
「詳しい事を知りたかったら、横島さんか夕映に聞けば?」
「綾瀬に?」
「『横島パーティの参謀』! って感じなんだよね。多分、一番詳しいよ」
「そ、そうか……」
 夕映はあまり話した事のない相手なので気が進まなかったが、美空から中途半端な情報を得た事で余計に不安になってしまった千雨。
 改めて見てみると、出城に向かう一行の表情が恥じらいや期待が入り交じったような表情をしているように見える。
 これは、横島の修行にちゃんと意味がある事を確認しなくてはならない。千雨は急ぎ足で前を歩く夕映に追い着くと、小声で彼女に問い掛けた。
 すると夕映は、少し呆れたような表情で返事をする。
「まさか。ちゃんとした修行です」
「そ、そうなのか?」
 彼女の説明によると、横島の修行の本質は霊力を経絡に送り込む事にあるそうだ。それにより霊力が全身の経絡を巡る感覚を身体で覚える事が出来る。また、限界以上に霊力を送り込む事によって魂を鍛え、霊力量――すなわちマイトを高める事で、霊力を扱えるようにするのである。
 修行を受ける彼女達の反応については、『霊力』と言うより『生命力』と言い換えた方が分かりやすいかも知れない。
 本来の限界以上の生命力が全身を巡る事により、身体が火照り、熱くなってくるのだ。それに伴って心も昂ぶり、軽い興奮状態になってしまう。それが少女達にとって不快なものではないため、「気持ち良い」と感じてしまうのだ。
「他人の生命力が身体の中に入る訳ですから、多少の危険はあるです」
「お前、一時期学校休んでたしな」
「ええ、その甲斐あって、この修行の欠点を一つ無くす事が出来ました」
「……そ、そうなのか」
 一時期歩く事も出来ないぐらいのダメージを受けたと言うのに、むしろ誇らしげな夕映の様子に、千雨は思わずたじろいでしまう。
 彼女は横島の事を完全に受け容れているのだろう。自分が犠牲になる事で、横島の修行がより完璧に近付く。彼の役に立てる事が嬉しいのだ。千雨を含め、横島には現在のところ五人の『魔法使いの従者』がいるが、その中でも最も「従者」らしいのは、彼女なのかも知れない。
 それはともかく、経絡を開く訳ではない千雨、風香、史伽の場合は、横島がミスをしない限り危険は無いそうだ。これに関しては、あまり心配する必要がないだろう。何故なら彼は、この修行における霊力の扱いに関しては超人的な技術を持っているのだから。
「それでも、痛くないと断言する事は出来ませんが」
「なんでだ?」
「人によって反応が違うので、千雨さんがどのような反応をするかまでは責任が持てないです」
「なるほど……」
 例えば風香は、横島に霊力を送り込まれると身体が温まり、風呂に入っている時のような心地よさを感じるそうだ。その一方で史伽は全身をこちょこちょとくすぐられているような感覚を覚えるらしい。
 修行内容については大体分かった。とりあえずは安全なようだ。
 後の問題は千雨自身がそれを受け容れるかどうかだ。メリットは上手くいけば痛みもなく霊力を目覚めさせる事が出来、アーティファクト『Grimoire Book』の性能をフルに発揮出来るようになる事だ。デメリットは……やはり恥ずかしい事だろう。横島にやられる事もそうだが、それを皆に見られてしまう事もキツい。夕映に尋ねてみたところ、「恥ずかしいのはお互い様」と言う、ある意味開き直りとも取れる答えが返ってきた。むしろ、その事によって連帯感が増しているらしい。
 それはそれで不味いんじゃないかとツっこみたくなったが、それをぐっと堪える。その一方で、そうする事で横島により近付けると考えると、それも悪くないと思ってしまう自分に、千雨は驚きを隠せなかった。
「どうしました?」
「い、いや、なんでもない!」
 小首を傾げる夕映に、千雨は慌てて両手をブンブンと振り誤魔化す。
「とりあえず、どう言う修行なのかはだいたい分かった。私が受ける修行には、あんま危険はないんだな?」
「ええ、まぁ、そうですね。千雨さんが、横島さんを信じられるかどうかだと思いますよ」
「……うん、それなら問題ない、かな」
 千雨は照れくさそうにそっぽを向き、頭を掻きながら答えた。
 そもそも、ここで彼を信じられないのならば、ゲームの中の世界で選択を迫られたあの時、仮契約(パクティオー)などしていない。
 修行内容に関する不安は消えた。後は実際にその身で受けるのみだ。千雨は改めて横島の修行を受ける決意を固める。そして、先程より軽い足取りで、横島達の後を付いて行くのだった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.110


 そんな決意を固めた千雨だったが、早くもくじけ掛けていた。

 横島一行は出城に入り、そのまま庭を通り抜けてベッドとソファが並べられた大きな部屋に入る。広間だった部屋に、医務室のつもりで運び込んだベッドや、寛げるソファを持ち込んで作った霊力を目覚めさせるための修行場だ。修行中の皆が寛ぐ憩いの場でもある。相反しているようにも聞こえるが、この修行は意外と身体に掛かる負担が大きいため、休める場所も必要となるのだ。
 そこで早速修行を始める事となるのだが、使う霊力量が少ないと言う事で、千雨、風香、史伽の三人は後回しとなり、まずはアスナから霊力を送り込んでもらう事になる。
「よこしま、くん! ……んっ!」
 アスナ、古菲、夕映、ココネ、愛衣と続き、現在高音がベッドの上で霊力を送り込まれているのだが、ここまでに千雨は精神的に大きく消耗していた。美空が言っていた事はこう言う事だったのかと理解し、ソファに腰掛けてぐったりしている。
 少女達が順々にベッドの上で待つ横島の下に行き、霊力を送り込まれて、その気持ち良さに声を上げて耐える。それを周囲の少女達が固唾を呑んで見守っているのだ。見ていて恥ずかしくなる光景だ。千雨はもじもじとしながらも、そこから目が放せないでいた。この後、自分も同じような修行をするのだと思うと、妙な気分になってくる。
 この修行を受ける訳ではない木乃香、刹那、美空、シャークティの四人もこの部屋に居る。シャークティは、流石に少し頬が紅いが、同じ霊能力者としての興味の方が勝っているようだ。努めて冷静に修行の様子を見ていた。その一方で木乃香は興味津々な様子で風香、史伽と共に目を輝かせている。
 刹那は恥ずかしそうにそっぽを向いているのだが、耳を塞いでる訳ではないので、あまり意味がないようだ。顔が真っ赤になっている。
 そして美空はと言うと、我関せずと言わんばかりに壁際の椅子に腰掛け、テーブルに肘を突いていた。しかし、部屋の空気に当てられたのか、なんとも居心地が悪そうだ。関係ないと言うのならば部屋を出れば良いのだろうが、ココネの事を心配してここに残っている。それに、興味がないと言う訳でもないのだろう。その頬は少し紅くなっていた。
「………」
 千雨の隣にはアキラが座っているのだが、彼女も顔を真っ赤にして固まってしまっている。目の前で繰り広げられる光景に理解が追い着かず、頭が真っ白になってしまっているようだ。むしろ、その方が楽かも知れない。
 千雨を挟んでアキラの反対側には、既に修行を終えた夕映が座っている。先程まで横島に霊力を送り込まれてあふんあふん言わされていた彼女の頬は、まだ火照っている。
「そ、そうです。アキラさんに忠告があるんでした」
「………」
「おい、綾瀬が呼んでるぞ」
「……え!? な、何?」
 茫然自失状態だったアキラは、千雨に肘で小突かれて我に返った。
「この修行、霊力を送り込まれている最中は、常に横島さんの身体と接触しているようにしてください。だいたいは手の平ですが」
「手がくっついてれば良いんだね?」
「はい、そうです。どうしても我慢出来ない時は、横島さんに声を掛けて、霊力の供給をストップしてもらってください」
「う、うん、分かった」
 我慢出来なくなる状況と言うのがどう言うものか分からずに、戸惑いながらもアキラは頷いた。千雨も、既に経絡が開いているアキラは痛くないはずなのにと首を傾げる。
 その直後、二人の疑問を解消する事態が起きた。
「ぅああぁぁぁぁっ! よ、よこしまくんっ!!」
 高音の悲鳴の様な声が響く。何事かと千雨とアキラが視線をベッドの方に戻すと、あまりの気持ち良さに限界が来た高音が、身をよじらせながらベッドに倒れ込もうとしていた。
 ここで手を離す訳にはいけないと、横島は咄嗟に左腕を彼女の腰に回し、ぐっと引き寄せ、腰を密着させて固定すると、そのまま二人揃って横倒れになる。その間も彼女のうなじに当てられた右手は決して離れる事はなかった。
 高音はシーツを掴んで耐え、横島はそのまま彼女の限界ギリギリまで霊力を注ぎ込む。それが終わると、横島は手を離して起き上がるのだが、高音はぐったりしたまま起き上がらない。これはいつもの事であった。魔法使いである高音は、マイトが高い割には経絡に霊力が流れる事には慣れていない。つまり、注ぎ込まれる霊力量は多いのに、それに慣れていない状態なのだ。そのため、毎回霊力供給を受けた後は、このようにベッドに倒れ込んでしまう。
 夕映が言っていたのはこの事であった。身をよじらせる事により手が肌から離れると、急激に霊力の供給がストップされてしまうため、経絡に余計な負荷が掛かってしまう。
 実は、横島が普段霊力の供給をしている時も、徐々に弱めながら段階を踏んで供給を終えており、この事でアスナ達の経絡の痛みは抑えられている。しかし、横島は少女達の限界を察知してから徐々に弱めているため、その間も霊力は注ぎ込まれ、それが痛みを伴わない負荷となっているのだ。少女達が霊力供給の最後に大声を上げる事が多いのはこのためだ。
 この負荷を無くすためには限界に達する前に限界を察知し、送り込んでいる霊力を徐々に弱める間に送り込まれる霊力分を計算した上で、それだけ先に霊力供給をストップし始める必要がある。この限界と言うのは、彼女達が日々少しずつ成長する事で変わり、またコンディションによっても変動する。言うまでもない事だが、そんな事が出来るはずもない。
 ただ、それでも横島のコントロール技術の凄さか、経絡へのダメージが残る程の霊力を送り込む事は無い。その分、限界を超えた霊力を送り込まれる事で、成長に繋がると考えた方が建設的であろう。

「魔法使いは全滅かよ……」
 並べられた他のベッドには、既に霊力供給を終えた愛衣とココネもぐったりと横たわっていた。皆顔は火照り、汗ばんでいる。特に愛衣の表情は蕩けており、「おにぃさまぁ〜」とうわごとの様に呟く口元からよだれが垂れているのだが、千雨は見て見ぬふりをした。ちなみに、今日は参加していないが、裕奈もいつもこんな感じになっている。
 彼女らに比べ、隣に座る夕映や、アスナ、古菲の二人が比較的平然としている事に疑問を持った千雨は、手近な夕映に問い掛けた。
「なんでお前等は平気なんだ?」
「平気な訳ではありません。まだ私達は高音さん達ほど霊力を受け容れられないだけです」
 高音達がこのようになっている原因は、ひとえに大量の霊力を注ぎ込まれた事にある。元々一般人であり、霊能力者としての資質も無かった夕映は、まだ彼女達ほど大量の霊力に耐える事が出来ないのだ。
 古菲の場合は、気の使い手だけあって夕映に比べて多くの霊力に耐える事が出来るが、やはり高音達ほどではない。また、これも個人差のひとつなのだろうが、古菲の場合は横たわって身体を休めるよりも、身体の中を巡る横島の霊力を感じながら、身体を動かしていた方が気が紛れるそうだ。
「神楽坂は?」
「相性……でしょうか?」
 二人の視線の先には、魔法使い達に負けないぐらいの霊力を注ぎ込まれながらも、夕映や古菲よりも平然としているアスナの姿があった。霊力が注ぎ込まれている間は一番身悶えていたと言うのに、後に悪影響は残していない。
 これは彼女が霊能力者として成長している証であった。自分でそこまでの霊力を引き出す事は出来ないが、それを扱うための器が出来つつあるのだ。
「なんだかんだと言って、一番長く修行している訳ですからね。成長も早いようですし」
「そうは見えないんだけどなぁ……」
 悪影響は残っていないのだが、今も身体に残る横島の霊力を堪能しているのか、彼女の顔はにやけていた。
 サイキックソーサーこそ、まだ発現出来ないものの、神通棍と破魔札は上手く扱えるようになっており、最近は古菲から体さばきを、神通棍をより上手く扱うために刹那、刀子から剣術を習い始めたアスナ。その自分自身を抱き締めるようにしてくねくねしている姿からは想像も出来ないが、こう見えて真面目に人一倍の努力をしていたりする。

 次は千鶴の番だ。空いているベッドに上った千鶴が横島を招く。この修行をする人数が増えてきたおかげで流石の横島も消耗が激しいのか、のろのろとした動きだ。しかし、体力は消耗していても霊力は煩悩永久機関のおかげでいつもより漲った状態であり、その足取りはしっかりしたものである。
「それじゃ次は私ですね」
 そう言って千鶴は両手で髪をかき上げ白いうなじを見せる。ベッドに上がった横島が、彼女の背後に回って胡座をかくと、千鶴はそこにすっぽりと収まるように横向きに座った。お姫様抱っこの体勢からそのまま腰を落とし、横島の右腕を背もたれにしているような体勢だ。3−Aのクラス内では大人びていて、「皆のお姉さん」どころか「お母さん」のような立場にある彼女だが、意外と横島の前では甘えたがりの一面を見せていた。
 実は、これも修行法改善案の一つだ。これまでのうなじに手を当てる体勢では、身をよじらせた時に手が離れやすい。そのためアスナ達は多少身体を動かしても手が離れない体勢はないものかと試行錯誤していた。例えばココネが真正面から抱き着き、両手両足を横島の背に回して全身を密着させると言う方法もその一つだ。身体が小さい彼女ならではだろう。
 とは言え、霊力を送り込むには、肌と肌を触れ合わせる必要がある。そのため、この試行錯誤はなかなか上手く行っていなかった。いかに温暖な気候のレーベンスシュルト城でも、肌を露出するのには限度があるのだ。主に横島の理性を守るために。
 いっそ裸になって抱き合おうかと言う案も出たが、アスナが本気になって脱ぎ出そうとしたところで、刀子先生の教育的指導チョップが入ったため中止となっている。霊衣ならば布越しでも霊力を送り込む事が出来るので、横島が霊衣を取り寄せるまでこの問題はお預けと言う事になるだろう。
 高音がいつも通りの方法で霊力を送り込んでもらっていたのは、ひとえに彼女が恥ずかしがっているためだ。それでも結局は我慢しきれずに横島に抱き寄せられ二人一緒にベッドに倒れ込む事になるのである。
 横島は千鶴の背に回していた右手をうなじに移動させる。すると千鶴も左手を横島の腕の下を通して背に回し、横島はもう片方の手を千鶴の腰に回してぐっと抱き寄せると、彼女の身体が動かないようにする。
「それじゃ、行くぞ」
「はい、いつでも来てください」
 横島の表情が、先程までと比べて気合いが入っているようにも見える。と言うのも、千鶴はマイトが高いため、生半可な霊力では彼女の負担になり得ない。そのため横島は大量の霊力を注ぎ込む必要があった。
 彼の霊力コントロールは、扱う量が少ないほど精密さが増す。少ない霊力をやりくりしていた除霊助手時代の経験のたまものだ。逆に大量の霊力を扱い、なおかつ経絡にダメージを与えないようコントロールするためには、超人的な集中力が必要となる。
「んっ……」
 横島が霊力を注ぎ込むと同時に声を上げ、肩を震わせる千鶴。彼女の負荷となるだけの霊力を送り込もうとすると、どうしても最初から強い霊力を送り込まざるを得ない。
 これは千鶴の魂を鍛えると同時に、横島自身も鍛える修行となっていた。この修行を続ける事で、横島はより強い霊力も精密にコントロール出来るようになるだろう。そして、強い霊力を使い続ける事により魂にも負荷が掛かり、それが彼自身のマイトを高める修行となるのだ。
 もっとも、それは千鶴への霊力供給が上手く行ってこそ成り立つ訳だが―――

「あんっ、忠夫さん……んっ……ああっ!」

―――なんと千鶴は、マイトが高いだけあってちょっとやそっとの霊力では痛みを感じる事はなく、また身体の内に横島の霊力を感じ取り、それを心地良く感じるタイプだったのだ。
 紅潮した頬。横島が送り込む霊力の波に合わせてビクンッと肩を震わせ、それに合わせて横島の目の前で彼女のたわわに実った胸が大きく揺れて微かに横島の頬を掠める。それにより横島の集中力は否が応にも研ぎ澄まされ、強い霊力の精密コントロールを可能としていた。
「忠夫さんっ! んんっ!」
 限界まで霊力が送り込まれたらしい。千鶴は声を上げて横島の頭を抱き締め、丁度横島の顔が彼女の胸に埋もれる形となる。横島はその柔らかさを堪能するが、ここで気を抜き、煩悩の赴くままに霊力をたぎらせてしまえば、彼女の経絡にダメージが残る程の霊力を送り込んでしまうだろう。
「ふ、ふおぉぉぉぉッ!!」
「そんな、顔を動かさないでくださいっ! あぁぁぁっ!」
 柔らかな感触に顔を包まれ、その中で声を張り上げながらも、送り込む霊力を完璧に制御してみせる横島。こう言う時の彼は正しく神懸かり的である。千鶴の胸を堪能する。しかし、霊力は制御し、経絡にダメージを与えない。どちらも完璧にこなしてしまうのが、この男の凄い所である。もっとも、凄いのは極めて限定的な状況下だけなのだが。

「………」
「………」
 力が抜けて横たわっている千鶴の身体を、アスナと古菲が抱き上げ、ベッドの上に横たえている。流石の横島も疲れたのか、ベッドの上で大の字になって寝転んでいた。その姿を千雨とアキラの二人は茫然自失の状態で見ている。アキラは先程からだが、夕映に色々と尋ねる余裕があった千雨も、今は口をパクパクさせたまま何も言えない状態だ。
「……さて、それじゃ次はアキラちゃんだな」
 呼吸を整えた横島がむくりと起き上がり、アキラを呼ぶ。声を掛けられて我に返ったアキラは、ビクッと肩を震わせて彼の顔を見る。横島の顔はやけにキラキラとしているように見えた。実際、霊力が充実する事により顔色も良くなっているのだろう。
 それに誘われるように立ち上がるアキラ。フラフラと彼に近付いて行こうとする。
「お、おい!」
 思わず彼女の手を掴んで引き止めてしまう千雨。アキラは振り返り千雨の顔を見るが、千雨の方が引き止めたは良いものの、何を言えば良いか分からずに後が続かない。
 アキラは横島と千雨の顔を交互に見て、やがて千雨に向けてにっこりと微笑んでみせた。
「……大丈夫」
 そう言ってアキラはしっかりとした表情で頷く。そして再び横島を見据えると、打って変わってしっかりした足取りで彼に近付いて行った。アスナ達がアキラの肩を叩き、口々に「頑張って」と声を掛ける。アキラは今日が初参加なので、アスナ達も気遣い、ハラハラしながら見守っていた。
 そして、横島が移動した空いているベッドに移ると、アキラもそのベッドに上り、彼と向き合って正座をする。
 その真剣な表情に横島も思わず姿勢を正して背筋を伸ばした。
「ふつつか者ですが、これから末永くよろしくお願いします」
「あ、いや、こちらこそ、よろしくお願いします」
 じっと横島の目を見詰めていたアキラは、三つ指をついて深々と頭を下げた。つられて横島も手を突いて頭を下げる。おかげで上がりまくっていたテンションが一気に平常に戻ってしまった。横島は頭をかきながらアキラに問い掛ける。
「えっと、アキラちゃんはどう言う体勢でやる?」
「その……那波さんと同じでいいですか?」
 先程までの毅然とした態度はどこへやら、もじもじしながら千鶴と同じ体勢を望むアキラ。彼女もその長身のおかげで皆に頼りにされる立場だ。それだけに横島に対しては甘えたいと言う思いが強い。先程の千鶴の姿を見ていて茫然自失状態になりながらも、心の中では自分もあのように甘えてみたいと思っていたようだ。
「分かった。それじゃここに」
 横島が胡座をかいて手招きをすると、アキラは照れ臭そうに横島の膝の上に腰を下ろす。横島とほとんど変わらぬ身長の彼女だが、彼の膝の上で頬を染めてはにかむ彼女は、しっかり年下の少女に見える。
 横島は、千鶴の時と同じように右手は背に、左手は腰に回すと、ゆっくり霊力を送り込み始めた。
 アキラはアスナと同じく天然で経絡が開いているが、マイトは一般人と同程度なので、送り込む霊力は千鶴に比べて控えめである。
「んっ……」
 初めての体験にドキドキしていたアキラは、うなじから注ぎ込まれる霊力に敏感に反応した。横島はアキラの身体をぐっと抱き寄せ、彼女の身体が動かないように支える。
「ちょっとずつ、霊力を強くしていくからな」
「は、はい」
 その言葉通りに、少しずつ霊力を強くしていく横島。「霊波」と言う言葉があるように、横島が送り込む霊力には波、すなわち「波長」がある。彼もただ煩悩任せに毎日アスナ達に霊力を注いでいる訳ではない。経絡にダメージを与えない、彼女達の負担にならない波長を日々探っているのだ。おかげで最近はより痛まず、より気持ち良い波長を掴みつつあり、彼女達に送り込める霊力量はどんどん増えてきていた。
 ちなみに、この波長について最初に気付き、彼にその事を伝えたのは、アスナ達とは別口で毎晩自室のベッドで彼に霊力を供給してもらっている茶々丸だったりする。ネジを通して霊力を供給してもらう彼女も、やはり波長によって感じ方が変わってくるらしい。
「う、あぁ……っ! よこ、しま……さんっ!」
 アキラは身を震わせ、胸の前でぎゅっと握り締めた拳に力を込めて喘ぐ。自分の身体の中を横島の霊力が巡る感覚。アキラはそれを敏感に感じ取っていた。霊波の波長に合わせ、彼女の身体の中で横島の霊力が脈打っている。
 外からは横島の腕に抱かれ、内には横島の熱い霊力が広がっていき、身体の隅々まで染み渡っていくような感覚だ。
「横島さん……! 横島さん……!」
 アキラは、意識まで横島一色に染め上げられていた。
 千鶴達に比べれば大した量ではないのだが、今の彼女にとっての限界ギリギリまで注ぎ込まれた霊力は、初めて体験する彼女の身体には刺激が強過ぎたらしい。身をよじらせて体勢を崩しかけてしまう。
 横島は咄嗟にアキラの身体を支えようとするが、彼女の長身の身体は右手をうなじに当てたままで、残りの左手一本だけでは支えきれない。そこで横島はアキラの身体を更に強く抱き締める形で支えた。しかし、その弾みで先程の千鶴と同じようにアキラの胸に横島が顔を埋める形になってしまう。しかも、体勢を崩したおかげでアキラの足はベッドから浮いてしまい、足を突いて体勢を立て直す事も出来ない。
「ぅあぁっ!」
 この時、彼女の中で溜まり始めた霊力が大きな波となって彼女に襲い掛かった。その意識を押し流してしまうような強烈な感覚に、アキラの浮いた足が爪先までピンと伸び、小刻みに震える。
「横島さんっ!」
 フッと力が抜け、全身を弛緩させたアキラは、そのまま横島に身を任せた。しかし、横島も胡座をかいて踏ん張る事が出来ない状態なので、そのままアキラに押し倒される形で二人一緒にベッドに倒れ込む。それでもうなじに当てた手を離さないのは、流石と言って良いだろう。
 仰向けに寝転がった横島の上に身体を重ねるように、俯せのアキラが乗っている状態だ。横島の両手は右手がうなじに、左手は腰に回ったままで、足も絡ませている状態である。こうなってしまうと、体勢を立て直すのは不可能だ。横島はアキラを上に乗せたまま霊力供給を続ける事にする。
 倒れ込んだ事により、アキラの胸は横島の顔から離れ、今は彼女の身体と彼の胸板に挟まれた状態になっていた。代わりに彼の顔の真横にはアキラの顔がある。頬を寄せ合った状態だったが、彼の身体の上でアキラが身をよじらせたため、顔の向きも変わり、アキラが横島の耳元で囁くような形になっている。
「あっ……んん……あんっ! よこしま、さん……!」
 悩ましいアキラの声を耳元で聞きながらも、横島は霊力をコントロールする集中力だけは失わずに最後まで霊力供給を終わらせた。
 最後にはベッドに顔を埋め声も出せない状態になっていたアキラだったが、特に後に残るようなダメージはない。自力で起き上がろうと腕に力を込めて身体を少し浮かせるが、やはり力が入らずに再び横島の上に崩れ落ちる。
「アキラ、大丈夫アルか?」
「お疲れ様。最初から経絡が開いているから痛くはなかったと思うけど、初めてだと結構キツかったでしょ」
 古菲とアスナが近付いてアキラを助け起こした。そのままベッドに横たえながら、アスナは心の中でこんな体勢もあったのかと、身体を重ねながら霊力を供給する姿を思い出し、感心する事しきりだったりする。その目は爛々と輝いており、明日自分も試してみようと考えていた。


 呼吸を整えた横島が起き上がると、夕映が千雨の肩をポンと叩いた。
「いよいよ、千雨さんの番ですね」
 千鶴の時からずっと呆然としたままで、それでも横島達の姿から目が離せずにいた千雨は、それでハッと我に返り、わたわたと慌てた様子で夕映の方を見る。
「え、あ……そ、そうか、私もやるのか」
「そのためにここに来たのではないですか?」
 そんな会話を交わしている内に、風香と史伽が揃って横島に近付いて行く。
「いよいよ僕達の番だね!」
「横島さん、よろしくお願いしますー!」
 アキラ達がどんな状態に陥っているかを理解しているのかいないのか、鳴滝姉妹はいつも変わらぬ元気の良さでベッドの上の横島に飛び付いた。
 横島は二人を受け止めると、千雨の方に視線を向ける。
「千雨ちゃん、この二人が先でいいかな?」
「わ、分かった」
 実際にアスナ達の修行を目の当たりにした千雨は、内心怖じ気付いていた。改めて覚悟を決める時間が出来るのは渡りに船だ。喜んで風香達に先を譲る事にする。
 風香と史伽、二人同時には出来ないため、次に二人の内どちらが先にやるかを決めなければならない。本人達も考えていなかったらしく、結局ジャンケンで決める事になり、史伽が見事に勝利した。
 注ぎ込まれる霊力をくすぐったく感じてしまう史伽は、ココネに倣って正面から横島の膝の上に跨り、両手両足を彼の背に回して抱き着くと思い切り身体を密着させる。
「横島さん、お願いしますね」
「それじゃ行くぞ。ゆっくりとな」
 右手を史伽のうなじに当て、左手で彼女の頭を撫でてやると、史伽は嬉しそうな顔をして、横島の胸に頬をすり寄せてくる。
 彼女はくすぐったがりなので、このまま頭を撫で続ける訳にはいかない。左手を下に降ろして腰に添えると、史伽の小さな身体をぐっと抱き寄せ、横島は霊力を注ぎ込み始めた。
「ひゃぁ……くすぐったいですよぅ……」
 やはり史伽はくすぐったく感じるようだ。しかし、ぐっと手足に力を込めて身をよじらせまいと耐える。それでも我慢し切れずにもぞもぞと動いているが、横島の左手で腰を押し付けるようにして支えられているため、霊力供給が途切れる事は無かった。
 やがて史伽の頬が上気して紅くなってきた。以前霊能力者の資質があるかを確かめた時は、史伽がくすぐったがったのですぐに終わらせてしまったため、史伽は初めての感覚に戸惑っている。もじもじと身体を動かしながらも、更に手足に力を込めて全身を横島に押し付けていく。
「はい、お終いっと」
 そして、アキラ達に比べ、かなり短い時間で霊力の供給はストップした。経絡が開かない状態で止めなければならないため、限界も早いのだ。
「あ……もうお終いですか?」
「これ以上やると、経絡が開いちゃうからな。痛いのはイヤだろ?」
 真っ赤な顔をし、とろんとした目で横島を見上げる史伽。その表情はもう少し続けて欲しいと言いたげだったが、「痛い」と言う言葉を聞くと、おとなしく引き下がる。注ぎ込まれた霊力量も少なく、まだ余裕があるため、史伽は自分の力で起き上がった。
「横島さん、ありがとうございましたー」
 満面の笑みを浮かべると、史伽は横島の首に手を回して抱き着く。そして、その左の頬についばむようなキスをした。
「えへへ……」
 顔を離してから、はにかんだような笑みを浮かべる史伽。勢いでキスをしたが、後になって恥ずかしくなってきたのだろう。
 恥ずかし過ぎて顔も見れないのか、史伽は「きゃ〜っ!」と黄色い声を上げながら横島の胸に飛び込み、彼の胸に顔を埋めて、そのまま顔を上げられなくなってしまった。

 そんな微笑ましい姿をアスナ達はにこにこしながら見守っていたが、次の番である風香がベッドに上り、ずんずんと近付いて行く。
「史伽ー、いつまでも独り占めするなよー。次は僕の番だぞー!」
「ご、ごめんなさい〜っ」
 風香に声を掛けられ顔を上げた史伽だったが、やはり横島の顔を見られないようで、逃げるように彼から離れて行く。それを受け止めたのは木乃香。史伽は彼女に抱き着き、真っ赤になった顔を横島に見られないようにしていた。
「それじゃヨコシマ、よろしくね!」
「風香はどうする? 史伽と一緒か?」
 どんな体勢でするのかを尋ねてみると、風香はあごに指を当ててしばらく考え込む。やはり彼女も史伽と同じ体勢を希望するかと思いきや、意外にも彼女は千鶴、アキラと同じ体勢でやりたいと言い出した。
 横島に対し思い切り甘えたい、一緒に遊びたいと言う史伽に対し、風香は子供として見られたくないと考えている節がある。外見は子供っぽい彼女だが、心は立派なレディなのかも知れない。
 千鶴達と同じ体勢を望むのは、大人っぽい彼女達に対する憧れがあるのだろう。横島が胡座をかくと、風香は得意気な表情で千鶴達と同じように腰を下ろす。その体勢のまま彼の背に腕を回して抱き着いた風香は、何やらご満悦な表情をしている。千鶴、アキラに比べ、本当に子供を抱き上げているようにしか見えないのは「言わぬが花」であろう。
 横島はうなじに右手を当て、腰に左手を回そうとするが、彼女の身体が小さいため、どうにも手の位置が上手く決まらない。そこで、より強く抱き締める形となって逆に肩に回した左手をうなじに、右手は腰に回して彼女の身体を支えてみた。
 小さな身体ならではの体勢だが、これが存外上手く行ったようだ。風香も千鶴達と異なる体勢に戸惑った様子だったが、より密着する体勢であったため、満足した様子である。
「それじゃ行くぞ」
「ドンと来いっ!」
 体勢が整うと、横島は霊力を注ぎ込み始める。するとすぐに風香の体温が高まって行き、彼女の身体を抱き締める横島の腕にもその温もりが伝わってくる。
 史伽と異なり、霊力供給されると、入浴している時のような心地良さを感じると言う風香。実際に体温が高まっており頬も火照ってきている。
 そのまま続けていると、やがて風香の反応が変わってきた。何やら初めて感じるむず痒さを感じ始め、足をもじもじと動かし始めたのだ。その動きに横島は手が離れてしまうと不味いと考え、腰に回していた右手を足の方に伸ばす。伸ばした右手が風香のフトモモを抱えるように支えると、小さな彼女の身体は半ば浮いたようになり、より体重を横島に預ける事になる。
 更に霊力を注ぎ続けると、風香は身動き一つしなくなってしまった。何事かと横島が顔を覗き込むと、彼女はとろけた表情で横島の胸を枕に惚けていた。初めて感じるむず痒さが、心地良さに変わっていき、そのまま微睡んでいたのだ。
 これ以上続けると経絡が開いてしまうため、横島は霊力供給をストップし風香に声を掛ける。
「お〜い、終わったぞ〜」
「ん……あれ? もう終わり?」
「ああ、これ以上は不味いからな」
「そっかぁ、もうちょっとやって欲しいなぁ」
「また明日な」
「そっか、明日か……明日もやるんだよねっ!」
 また明日と言われて、嬉しそうな笑みを浮かべる風香。
 明日もこの修行をすると言う事よりも、今日からレーベンスシュルト城に住み始める彼女は、明日も横島と一緒と言うのが嬉しくて堪らないようだ。飛び付くように横島に抱き着くと、彼の右の頬にやはりついばむようなキスをし、そして白い歯を見せて太陽のような朗らかな笑みを浮かべてみせた。


 史伽と風香と様子を見て、千雨はこれなら大丈夫ではないかと平静を取り戻しつつあった。
 経絡を開かない二人は、注ぎ込まれる霊力も少なく、そこまで乱れてはいない。千雨も二人と同じ修行を受けるので、アキラ達のようにはならないだろうと考えている。
 風香が離れると、横島は千雨の方に向き直り、彼女を招く。
「それじゃ、最後は千雨ちゃんだね」
「……ああ」
 鳴滝姉妹と同じ修行ならば大丈夫だ。安心感を持って千雨は横島の下へと向かう。
「千雨ちゃんは、どんな体勢でやりたい?」
「え〜っと、それじゃ高音さんと同じ体勢で」
 それはつまり、横島に背を向けて座り、うなじに手を当てて霊力を送り込んでもらう方法だ。手の平とうなじ以外に触れる場所がなく、最も身体を引っ付けない方法である。
 横島は心なしか残念そうだったが、千雨がそれを望んだのであれば反対する理由はない。気を取り直して千雨の背後に回ると、彼女の結った髪をどけてうなじに手を当てた。
「行くよ」
「お手柔らかに頼む……ッ!?」
 横島が霊力を送り込み始めた途端に千雨はビクッと大きく反応した。
 一旦霊力を止めて様子を見る横島。しかし、それ以上千雨が反応する事はなかったので、再び霊力を送り込み始める。
「ッ!?」
 すると、再び千雨の身体が反応した。
 周りで見ているアスナ達も騒めき始める。彼女達は見覚えがあった。これと似たような状況を。
 千雨の両肩に手を置いた横島が、身を乗り出して彼女の顔を覗き込んで問い掛ける。
「もしかして……千雨ちゃん、送り込まれた霊力をくすぐったく感じるタイプ?」
「………」
 しかし、千雨は答えられなかった。
 その態度で横島は察する。そう彼女は史伽、ココネと同じく送り込まれる霊力をくすぐったいと感じるタイプだったのだ。
 このままでは修行を続ける事が出来ないが、解決方法は分かっている。史伽とココネがやったように、真正面から横島に抱き着き、身体を密着させて動けないようにすれば良いのだ。
「え〜っと……」
 千雨もその事は理解していた。すぐさま自分が彼女達と同じ事をすればどうなるかを想像する。
「できるかぁーーーっ!」
 そして、三秒でギブアップした。あれは子供のココネと、子供のような史伽だからこそ許されるのだ。自分に出来るはずがないと。
 ここでソファに座っていた夕映が助け船を出した。皆の修行を見届けてからトイレに行こうと考えているので、早く終わって欲しいのだ。
「それなら、別の体勢を考えてみればどうでしょう?」
「別の? どんなだ?」
「例えば先程アキラさんが倒れ込んだ時のような」
「あれはアキラの身長あってこそだろ。私じゃあそこまで安定は……」
「ええ、ですから上下逆になれば」
「上下逆……?」
 怪訝そうに眉をひそめる千雨。実際に上下を逆にすればどうなるのかを考えてみた。先程はアキラが上で横島が下になっていた。それを逆にすると言う事は、横島が上になり、千雨が下になると言う事である。
「ダ、ダメだろそれはっ!!」
 直後、千雨は顔を真っ赤にして声を張り上げる。横島が上で千雨が下、すなわち横島に押し倒され、組み敷かれる自分の姿を想像してしまったのだ。心のどこかでそれを喜んでしまいそうな自分が居る事に気付き、今すぐ壁か柱に頭をぶつけたい気分であった。
 対する夕映は冷静である。
「ですが、他に良い体勢は、すぐには思い付きませんよ? 霊衣があれば話は別かも知れませんが」
「そ、そりゃそうかも知れないが……」
 ここで「霊衣が手に入るまで修行を始めるのを延期する」と思い付かない辺り、千雨も相当焦っている。
 いや、それだけではない。彼女の心の奥底にはアスナ達を羨ましいと思う心が確かに存在しているのだ。
「わ、分かった。それじゃ、その……正面から抱き着くヤツで」
 しばし考えた後、千雨は顔を真っ赤にしてそう答えた。
 横島の両肩に手を置くと、彼の膝に跨り腰を下ろす。すると横島の顔の位置と同じぐらいの高さに千雨の顔も来る事になる。史伽とココネは平然と身体を密着させていたが、千雨はそうはいかない。身体は少し距離を離した状態で、その後が続かなかった。
「その、やっぱくっつけないとダメか?」
「くすぐったいの我慢出来るならそれでも良いけど」
 それは無理な話だ。くすぐったくて思わず身体を動かしてしまう。
 しばらく横島と見詰め合っていた千雨だったが、やがて覚悟を決めて腰を前に進めた。腹と腹、胸と胸を密着させて両手足を横島の背に回し、抱き着いて身体を密着させる。横島もまた右手はうなじ、左手は腰に回して更に千雨の身体を抱き寄せた。
 身体の方にばかり意識が向き、視線が下を向いていた千雨。鼻に何かが触れる感触に視線を真正面に戻すと、触れていたのは横島の鼻の頭であった。身体を密着させた事により、彼と至近距離で見詰め合う形になっている。息遣いも分かる距離とは正にこの事だ。
「〜〜〜っ!」
 身体を密着させる覚悟はしたが、これは不意打ちであった。仮契約の際にはこれ以上に顔を近付け唇を重ねたが、それとこれとは話が別である。千雨は咄嗟に顔を逸らし、横島の肩にあごを置く体勢にして、彼と直接視線が合わないようにした。おかげで更に身体を密着させる事になってしまったが、背に腹は替えられない。千雨はこの体勢のまま修行を受ける事にした。
「それじゃ行くぞ」
「目瞑ってるから、早く済ませてくれ……」
 そう言われても、横島は急いで霊力を送り込む事はしなかった。千雨は以前に霊能力者の資質を調べたアキラ、風香、史伽と違い、本当に初体験なのだ。仮契約しているが、カードを通して霊力を供給した事もない。否が応にも慎重になるのは当然の事である。
 まず横島は探るように霊力を流す。注ぎ込まれた霊力は千雨の身体に入った後も、横島の制御下にあり、彼女の身体の中を優しく撫でるように巡っていく。
「くっ、うぅ……あぁっ!」
 やはりくすぐったく、千雨は横島の霊波の波長に合わせて反応し、身体をよじらせる。しかし、横島に押さえ込まれているため、彼の腕の中でもぞもぞと動くだけだ。横島は千雨の身体の柔らかさを全身で感じながらも、滞る事なく霊力の供給を続ける。
 千雨の全身に霊力を巡らせ、どの程度までなら経絡が開く事がないのかを把握した横島は、少し霊力を強めてみた。
「あっ、ああぁぁ! 横島さんっ!」
 すると千雨の手足に力が籠もり、ぎゅぅっと痛いぐらいに横島の身体を抱き締める。もちろん、それで経絡が開く事は無い。横島もそれについては細心の注意を払っている。
「あんっ……ダ、ダメ……それ以上は……」
 霊力が送り込まれるとくすぐったい。くすぐったいのだが、それと同時に横島と抱き合う事が気持ち良いと感じている自分も居る。千雨自身、自分が今何を感じているのか分からなくなりつつあった。

「はい、お疲れ様」
「ハァ……ハァ……終わった、のか?」
 やがて経絡が開き掛ける段階まで霊力が送り込まれ、供給がストップする。
 翻弄されるがままだった千雨は、ぐったりとした様子で横島に抱き着いたままだ。
「……ハッ!」
 しかし、自分がどんな体勢で居るかを思い出すと、飛び退くようにして横島から離れてしまった。
 千雨と入れ替わるようにアスナと古菲が横島に近付いて行く。彼女達にとって、この霊力供給の修行は序の口だ。これから本格的な修行を始める事になるのである。夕映も我慢していたのか早足でトイレに向かい、皆それぞれに次の修行に向けて動き出し始める。
「長谷川さん、大丈夫かしら? 身体に異常はない?」
 シャークティが千雨に近付き、心配そうに声を掛けた。史伽、風香とは異なる反応をしたため、何かあったのではないかと心配になったのだろう。
「え、あ、いや、なんでもないです!」
「そう? 何かあったらすぐに言ってね。ヒーリングしないといけないだろうから」
 しかし、千雨は慌てて何でもないと誤魔化した。まさか気持ち良くて翻弄されてましたと答える訳にはいくまい。アスナ達はようやく回復して起き上がった高音達とお互い今日の修行はどうだったかと話し合っていたりするのだが、千雨はまだそこまで割り切れそうにはなかった。

「………やべぇ」
 シャークティが離れた後、誰にも聞こえないように小さな声でぼそっと呟く千雨。
 こうして初めての修行を終えた訳だが、思っていた以上に凄かった。だが、始める前は不安を抱いていたと言うのに、いつの間にか明日の修行を心待ちにしている自分が居る事に気付いてしまった。
 横島を囲むアスナ達の輪。その輪には新たに風香や史伽それにアキラも加わっている。
 自分があの輪に加わるのも、そう遠くない気がする。そんな事を漠然と考えながら、千雨は賑やかな彼女達を眺めるのだった。


つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 オリジナルアーティファクト『Grimoire Book』
 経絡、及び横島の修行に関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

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