topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.111
前へ もくじへ 次へ


 千雨、アキラ、風香、史伽の四人がレーベンスシュルト城に引っ越してから初めて訪れた土曜日。休日はゆっくり休めると思っていた千雨だったが、それは甘い考えだった。
「何言ってんの? 土日は朝から修行よ」
「マジかよ……」
 いつも通りの早朝のジョギング。それが終われば平日は夕方から行う霊力供給の修行だ。これは千雨達にとってはあまり関係の無い事なのだが、霊力を引き出し、扱えるようになる事を目指す古菲達や、更に霊能力者としてレベルアップする事を目指すアスナにとっては、霊力を供給された後が修行の本番なのだ。休日は朝から霊力供給の修行を行うのはそのためである。
 ちなみに、風香と史伽の二人はと言うと、早起きは平気そうで横島にじゃれつきながらジョギングをこなしていた。この二人、普段から賑やかに走り回っているだけあって、意外にも体力には自信があるらしい。
 とは言え、霊力を供給された後の修行と言うのは、アキラはともかく千雨、風香、史伽にはあまり関係が無い。アスナ達と一緒になってトレーニングをするアキラの姿を眺めながら、三人は手持ち無沙汰にしていた。
「千雨ちゃん達も一緒にやらへん?」
 そんな彼女達に声を掛けたのは体操服姿の木乃香であった。
 レーベンスシュルト城に引っ越して数日。この城、いや横島を取り巻く空気がそうさせるのか、千雨を含む住人同士は以前よりも親しく言葉を交わすようになっていた。互いに姓ではなく名を呼び合うようになったのが一番大きな変化だろうか。
 姓で呼ばれているのは横島ぐらいだ。これは恥ずかしいと言うのが大きいだろう。平然と彼の事を名で呼ぶのは千鶴とココネぐらいである。
 流石のアスナも、本人を前にすると恥ずかしくてつい「横島さん」と呼んでしまう。その光景を目撃した千雨は、あれだけあふんあふん言っておいて今さら何を言っているんだとツっこみたくなった。しかし、かく言う彼女も彼の顔を見ると意識してしまい、顔を真っ赤にしているので人の事を言えた義理ではない。
 実際、同じように考えている者は多かった。やはり子供であるネギや小太郎の名を呼ぶのとは違うらしい。呼びたくても呼べない。平然と呼べる千鶴を羨ましいと思う者がほとんどであった。皆に子供扱いされている風香と史伽でさえもだ。彼女達も心は年頃の少女なのである。

 それはさておき、千雨は木乃香に視線を向けて問い返した。
「一緒にって、何するんだ?」
「みんなでトレーニングや」
 ここに居るメンバーは、皆がアスナのように常人離れな身体能力を持っている訳ではない。木乃香、夕映、千鶴、愛衣、ココネは、アスナ達とは別メニューでトレーニングを行っている。こちらは千雨達でも参加出来そうなレベルだ。
 風香と史伽は既に木乃香に駆け寄っている。この二人は身体を鍛えたいなどとは考えていなさそうだが、手持ち無沙汰でいるよりかは皆と一緒に何かしている方が楽しそうだと考えたのだろう。
 千雨もまた、アーティファクト『Grimoire Book』を使うために霊力を強くしたいだけであって身体を鍛えたい訳ではない。しかし、木乃香達のトレーニングならば、健康のためと割り切れば悪くないと思った。
「……まぁ、いいか。暇だしな」
 そう言って千雨も腰を上げると、木乃香はにっこり微笑んで歓迎した。
「どうせならトレーニング器具でもありゃいいんだがなぁ」
 しかし、やはり面倒臭いのか、ぼやく千雨。そんな彼女に愛衣が声を掛けた。
「あ……それなら、なんとかなるかも知れませんよ」
「え、マジで? あやかに頼むのか?」
「いえ、ネギ先生が水晶玉に収めた元スポーツジムに、そう言う器具がいくつもあったと言う話なんです。まとめて倉庫に片付けたと言う話ですから、頼めば持ってきてくれるんじゃないですか?」
「ああ、あやかの実家が買い取ったとか言う、潰すはずだったアレか」
 ネギパーティが本拠地に使っている倒産したスポーツジムには、そのまま放置された器具が幾つか残っていた。壊れている物がほとんどだったが、中にはまだ使えそうな物もあったらしい。しかし、実戦的な修行を好むネギパーティの面々に、それらを利用しようと言う者はおらず、スペースを確保するためにまとめて倉庫に片付けてしまったそうだ。
 その話を聞いた千雨は、腕を組み、空を仰いで考える。
「あ〜、使ってねぇなら貰ってもいいかもな」
 木乃香達のトレーニングメニューは、学校の体育の授業に近いものだ。素人考えで、どうせやるならば本格的にやった方が効果があるんじゃないかと思った千雨は、本気でトレーニング器具を引き取れないか検討し始める。
 その後、木乃香達も交えて話してみたところ、体力作りがメインの木乃香達にとっては役に立ちそうだと言う結論に達する。早速ネギと連絡を取り、それらはまとめてレーベンスシュルト城に引き取られる事になった。
 後日、壊れている物も聡美と茶々丸によって修理され、外観は古めかしい出城の中がスポーツジムに変貌する事になるが、それはもう少し先の話である。

 とは言え、今日のところは体育の授業のようなトレーニングだ。二人一組になってストレッチをする。
 そんな中、出城の庭を見回した風香と史伽が、顔を見合わせて呟いた。
「ヨコシマがいれば、退屈しなかったのにね〜」
「お仕事だからしょうがないですよ〜」
 そう、今この出城に横島の姿は無い。居るのは少女達と、お目付役として残っているシャークティだけだ。
 以前からレーベンスシュルト城でも話題になっていた魔法界からの援軍。それが今日到着するため、横島はネギや他の魔法先生達と一緒に出迎えのために空港に行っていた。刀子も空港にこそ行かないものの、今日は学園長の下で夜まで仕事があるらしい。
 風香達の会話が聞こえていたのか、アスナもふと修行の手を止める。
「魔法界の援軍かぁ……どんな人達が来るのかなぁ?」
「学園長が考えていたより、規模が大きくなったそうよ。昨日も皆慌ただしかったわ」
 アスナの呟きには、高音が答えた。
 当初の予定よりも大規模な援軍が来る事になったため、学園長は昨日、急遽送迎のバスを二台増やしていた。当然、運転手も関係者から用意しなくてはならないため、送迎に向かう魔法先生の人数も増えている。刀子が突然学園長の手伝いに呼び出されたのもそのためだった。
「京都からの援軍も今日到着するはずです」
「麻帆良もしばらく賑やかになりそうアルな」
 そう言って嬉しそうな顔で目の前に掲げた拳をぐっと握り締める古菲。彼女が思い描いているのは、魔法界からやってくるまだ見ぬ猛者達であった。
 彼女が何を考えているのか大体のところを察した刹那は、「味方ですよ」と疲れた声でツっこみを入れる。分かっているのかいないのか、古菲の目はキラキラと輝いていた。
「あ〜、横島さん早く帰って来ないかなぁ」
 一方、アスナの興味は早々に横島の方へと戻ってしまう。
 彼女にとって重要なのは、今ここに横島がいないためサイキックソーサーの修行が出来ない事であった。
「麻帆良に戻って来た後も仕事があるそうですから、帰ってくるのは夜だと思いますよ」
「うぅ……」
 刹那の指摘に、アスナはがっくりと肩を落とす。彼女の言う通り、魔法界からの援軍を出迎える使者に選ばれた横島は、彼等を出迎えて麻帆良まで連れてきた後も、案内等様々な仕事をしなければならない。無論、横島一人にそれら全てが任せられている訳ではなく、どちらかと言えば彼はサポートなのだが、それでも途中で抜け出して一人帰ってくる訳にはいかないだろう。
「忠夫さぁーん! 私、頑張ってますよぉーーーっ!!」
 夜まで横島は帰って来ない。その事実に寂しさを募らせたアスナは、それを紛らわせるために空に向かって大きな声で彼の名を呼ぶ。本人が目の前にいなければ、こうして呼ぶ事も出来るのだ。
 突然の大声に皆の視線が集まると、アスナはその名を口にしてみて嬉しくなったのか、はにかんだ笑みを浮かべて頭を掻いた。
 すると、周りで見ていた面々がうずうずとし始めた。アスナが「忠夫さん」と叫んだ事で、自分も言ってみたくなったのだろうか。皆が空に向かって口々に彼の名を呼び始める。

「あら? 何の騒ぎかしら……?」
「馬鹿共が馬鹿騒ぎしているだけだろう。ほっとけ」
 そんな彼女達の声は、これから出掛けようとしていたあやか、夏美、エヴァ、茶々丸の四人の下にも届いていた。
「ね、ねぇ、何を買いに行くの? そろそろ教えてくれてもいいじゃない」
「それは行ってからのお楽しみだと言っているだろう。安心しろ、良い物だから」
 三人はこれから、以前エヴァが言っていた「夏美への褒美」を買いに出掛ける事になっている。夏美が不安そうに問い掛けるが、エヴァはニヤニヤと笑うばかりで何を買いに行くかは教えてくれない。
 茶々丸は、どうせ何かろくでもない事を企んでいるのだろうと思ったが、エヴァには言っても無駄そうなので黙っておく事にする。ただ、同情するような眼差しで夏美の肩をポンと叩く。
「うぅ、不安だぁ……」
 肩を叩かれた夏美は、茶々丸の態度に何かを察し、がっくりと肩を落とすのだった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.111


 一方その頃、横島は学園長が用意したバスに揺られて成田空港に到着していた。
 学園長が用意したバスは三台。当初の予定では一台だけだったのだが、急遽二台増やされた。
 出迎えの使者も、横島、ネギ、それに明石教授の三人で行くはずだったのが、これにガンドルフィーニと、横島も名前を知らないサングラスを掛けた体格の良いスキンヘッドの魔法先生を加えた合計五名となっている。一応、ネギの肩の上にはカモが乗っているが、彼は使者ではなくあくまでネギの付き添いだ。
 当然、横島は使者としてここに来ているので、スーツ姿である。
「……なんか、人の姿が少なくないっスか?」
 辺りを見回しながら横島が呟いた。確かに、彼等が待つ一画にはほとんど人の姿が無い。少し離れた所を見れば多くの人の姿があるのだが、彼等はこの異様な空白地帯に見向きもせずに通り過ぎて行く。
「もしかして、魔法使いました?」
「ああ、人払いの魔法と、認識阻害の魔法をちょっとね」
 なんと、明石教授の魔法により、この一画は一般人が近付かず、またこの一画で何があっても通行人は自然な光景に見える状態になっていた。無論、麻帆良の外でこんな事が勝手に出来るはずもなく、GS協会を通して空港の許可を得た上でやっている事である。
「ほら、魔法界から来る援軍って人間とは限らないから」
「え、そうなんですか!?」
「いや、なんでお前が驚くんだよ」
 続く明石教授の言葉に驚きの声を上げたのはネギ。魔法界出身であるはずのネギが驚いた事に、横島は驚く。
 しかし、これには理由があった。援軍の到着までもう少し時間があるため、明石教授は二人に魔法界に関する基礎知識を教える事にする。

 まず、魔法界と一言で言っても世界が統一された一つの国家と言う訳ではなく、その中には幾つもの国家が存在している。今回援軍を送ってきたのは『北の連合』、『南の帝国』、そして魔法学術都市国家『アリアドネー』の三つだ。
 『北の連合』ことメセンブリーナ連合。ここはかつて『魔女狩り』を避けて移住した魔法使い達の国家であり、国民のほとんどが「元・地球人」だ。ネギの故郷もこの北の連合にある。
 これに対し『南の帝国』ことヘラス帝国は、元々魔法界に住んでいた者達であり獣人をはじめとする亜人種が多い。実は魔界とも交流があり、魔法界に帰化した魔族も存在している。この国の皇族もまた、少なからず魔族の血を引いているそうだ。
 この魔法界を南北に分ける二つの国家は、言わば「原住民」と「侵略者」であり、昔からいがみ合っていた。それが英雄『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』の活躍で和解したのが二十年前の話である。
 しかし、和解したとは言え、すぐさま平和が訪れた訳ではない。表立って争わなくなったが、盛んに交流するようになった訳ではないのだ。そのため北の連合、しかもその辺境で育ったネギは、南の帝国の亜人種を見た事がないのである。
 そして、この両者の間を取り持つのが、学術都市にして強力な武装中立国である『アリアドネー』だ。

 『関東魔法協会』が援軍を要請したのは『北の連合』と『南の帝国』に対してだが、元々学園長は『北の連合』からしか援軍は来ないと考えていた。当初バスが一台しか用意されてなかったのはそのためである。
 実際、『南の帝国』にとって人間界は縁もゆかりも無い世界であり、帝国上層部の間では援軍など送る必要は無いと言う意見で大勢が占められていた。にも関わらず学園長が帝国にも援軍を要請したのは、無視したらしたで後で問題になりそうだったからだ。
「なんでまた、その『南の帝国』は援軍を送って来たんスか?」
「それはだね―――」
「明石教授、来ましたよ」
 横島の問いに答えようとした明石教授の言葉は、援軍の到着を告げるガンドルフィーニの言葉に遮られてしまった。
 ガンドルフィーニの視線の先を見ると、三つの集団がこちらに近付いて来ていた。右からはスーツ姿の男が先頭に立った一団が。中央からは同じくスーツ姿の女性を先頭にした一団。そして、左からは一風変わったローブのような服を身に纏った色黒の若い女性を先頭にした一団だ。それぞれの集団は混ざる事なくきっちり三つに分かれている。
 右側、中央の男女が横島の両親ぐらいの年齢に見えたのに対し、ローブ姿の女性は彼と同年代に見える。横島は当然の如くローブ姿の女性に目を光らせた。
 その女性は明らかに人間ではない長い耳をしており、その上の頭の両側から生えた大きな角が頭に巻き付き冠のようにも見える。
「しかし、美人だ!」
 だが、彼はそんな事を気にする男ではなかった。
 その女性はツリ目がちで強気そうにも見えるが、今はこのような場であるためか、楚々とした態度を取っている。彼女も横島の方に視線を向け、目が合うと微笑み返した。
 これはいけるかも知れない。そう思った横島がローブ姿の女性に声を掛けようとするが、それは右側の男性によって阻まれる。
「よう、出迎えご苦労! 俺がメセンブリーナ連合からの援軍を率いるリカードってもんだ。よろしくな!」
 挨拶するやいなや、横島の手を取りブンブンと大きく振って握手をする。
 リカードと名乗った男は、長身で細身だがガッシリした体躯をしており、手を握る力も相当強い。顎髭を蓄え、ニッと白い歯を見せて笑う顔は、年齢の割にはヤンチャそうな印象を与える。後頭部に向けていくつかの枝に分かれて広がり、撥ねている髪が黒い角のようにも見えるが、れっきとした人間だ。
 豪快に笑いながら横島の肩をバンバンと叩いていたリカードは、次にネギの下に行き、やはり彼の手を取って振り回すような握手をする。このまま放っておくと、ネギの小さな身体がどこかに放り投げられてしまいそうなので、ガンドルフィーニは慌てて二人の下に駆け付けてリカードを止めると、そのまま何やら話し始めた。
「まったく、あいつは相変わらずだな……」
 続けて横島に近付いて来たのはローブ姿の女性だ。間に割って入ってきたリカードに対して怒っているらしく、その表情は先程までとは打って変わって、こちらもリカードと同じくヤンチャな印象を受ける。横島がまじまじと見ていると、彼女はその視線に気付き、オホホと笑って再び楚々とした表情に戻る。その変わり様を見て横島は思った。もしかしたら彼女は猫を被っているのかも知れないと。
「そなたがGS協会から麻帆良に派遣されていると言うGSじゃな。妾はヘラス帝国第三皇女テオドラ。ヘラス帝国からの援軍を率いて参った。よろしく頼むぞ」
「は、はい……」
 おそらく猫を被っているのだろうが、そんな事は関係なかった。流石は皇族のカリスマと言うべきか、その凜とした物言いに横島は思わず畏まってしまう。テオドラと名乗った女性は握手を求めて手を差し出すが、横島はぎこちない動きで手を取り握手を返すだけで、何もする事が出来なかった。
 無難に挨拶を終えたテオドラは、続いてネギの方に向かおうとするが、そちらに動きを向けたところでピタリとその動きを止めてしまった。
「ネギ!」
「お姉ちゃん!」
 『北の連合』の集団の中から飛び出して来た一人の女性と、ネギが抱き合っている。その女性はネギの姉、ネカネ・スプリングフィールドであった。おしとやかな感じで、親しみやすさを覚える女性である。
 テオドラはネギの事情を知っているらしく、微笑ましそうに二人を見ている。そのフッと小さく微笑む横顔に横島はドキドキだ。
「ごめんなさいね、騒がしくて」
 ネギの方を見ていた横島が背後から掛けられた声に振り返ると、そこには中央の集団を率いていたスーツ姿の女性が立っていた。年の頃は彼の母親と同じぐらいだろうか、優しげな風貌をしているが、この手のタイプがただ優しいだけではない事を、横島は母親を通して知っていた。
 彼女もテオドラと同じく長い髪から一対の角が生えている。こちらは曲線を描きながら大きく左右に伸びていた。
「アリアドネー騎士団総長のセラスよ」
「あ、ども」
 握手を求められ、横島はその手を取った。テオドラの時ほどではないが、やはり緊張してしまう。
 セラスの言う『アリアドネー騎士団』と言うのは、アリアドネーで学んだ卒業生達によって構成される魔法騎士団の事だ。アリアドネーが武装中立国として南北の間を取り持てるのも、この騎士団あっての事である。
「今回の援軍には、『戦乙女旅団』の精鋭を連れてきたわ。後学のために何人か候補生も連れて来たけど、決して足手纏いにはならないわよ」
 そう言って自信ありげに微笑むセラス。横島は『戦乙女旅団』と言われても何の事かさっぱり分からないが、『戦乙女旅団』と言うのはアリアドネー騎士団が誇る騎士団の華だ。言い方を変えれば、それだけ今回の援軍を重要視していると言う事である。

 ネギとネカネの再会が一段落つくと、テオドラとセラスの二人はネギに挨拶をしに行き、入れ替わるようにネカネが横島に近付いて来た。
「あなたが横島さん、ですよね?」
「は、はい……って、なんで知ってるんで?」
「ええ、ネギからの手紙には、あなたの事も書かれてましたから」
「ああ、あの時の……」
 横島は、いつかネギがセーフハウスでは修行三昧で手紙を書く暇がないと、レーベンスシュルト城に来た際に故郷への手紙を書いていた事を思い出した。
 魔法界の手紙は立体映像を映す事も出来る。どんな手紙を書いているのかと興味を持った横島が覗き込んだ事で彼の姿も映ってしまい、ネギはその手紙でネカネに彼の事を紹介していた。そのため、横島は初対面だがネカネの方は彼の顔を知っていたのだ。
「横島さんには、ネギが何度もお世話になっているそうで……」
 そう言ってペコペコと頭を下げるネカネに、横島は慌てふためいた。これまで彼は、ネギの猪突猛進な部分を危惧し何度か説教した事がある。ゲンコツやチョップを食らわせた事もあった。彼にこんなきれいな姉がいるならば、もっと優しく接しておくべきだったと今更ながらに後悔していたりする。
「い、いやいや、それほどじゃないですよ。ホントに」
 その後、ようやく頭を下げるのを止めてくれたネカネと言葉を交わすが、横島は次第にネギの姉ではなく母親と話しているような気分になってきた。ネギに両親がいないと言う話は横島も聞いている。やはり彼女が母親代わりになってネギの面倒を見てきたのだろうか。
 こうして話してみると、なんとも人当たりの良い女性だ。彼女は優れた治療術師であり、その腕を買われて今回の援軍に抜擢されたそうだ。


 改めてリカード、テオドラ、セラスの連れてきた三つの集団を見ていると、それぞれの特徴が見えてきた。
 リカードが連れて来た『北の連合』の援軍は、スーツ姿の者とローブ姿の者が半々だ。人種は様々だが、皆人間である。それに対しセラスが連れてきた援軍は人間だけでなく、亜人、獣人と様々であり、動物の顔をしている者も居る。ただ、全員がうら若き女性であり、全員がお揃いのマントと服を身に着けていた。おそらく騎士団の制服なのだろうが、マントを除けば学生服のようにも見える。横島の目には「修学旅行中の女学生の集団」のようにも見え、是非ともお近付きになりたい一団だ。
 そして、テオドラが連れてきた援軍はと言うと――混沌としていた。彼等の服装に統一感はなく、人種どころか種族もバラバラ。亜人種と言うよりも、魔物と言われた方が納得がいくような者も少なからず存在している。
 明石教授から、『南の帝国』は魔法界に元々住んでいた者達の国と聞いている。もしかしたら、あちらの世界では、彼等の外見の方が普通なのかも知れない。少なくとも、『北の連合』や『アリアドネー』が彼等の外見を気にしている様子はなかった。
 明石教授が人払いと認識阻害の魔法を使ったのは、こんな外見の援軍が来る事を知っていたためだ。実際、彼等に学園祭の警備を担当してもらうには、この件を何かしらの方法で解決する必要があるだろう。
 ただ一つ言える事は、テオドラが連れてきた援軍は、どう見ても正規の軍人には見えないと言う事だ。明らかに堅気ではないアウトローっぽい雰囲気を漂わせている。
 ヘラス帝国の皇女であるテオドラが、何故このような援軍を率いてきたのか。それは、『北の連合』がリカードを援軍に送ると決めた事にあった。

 実は、このリカードと言う男は『北の連合』の盟主メガロメセンブリアの元老院議員でありながら、近衛軍団(プラエトリアニ)では『白兵戦の鬼教官』と呼ばれている。つまり、援軍を率いるに相応しい実力を持っている事は確かなのだ。
 しかし、彼は同時にメガロメセンブリアの主席外交官を務めている。テオドラが危険視したのはこの部分だ。
 知っての通り、関東魔法協会では情報公開のための準備を進めている。これが成されれば魔法界も人間界と表立って交流するようになるだろう。ただし、主に元々人間界から移住してきた『北の連合』がだ。
 『南の帝国』の上層部の大半は人間界の事など歯牙にも掛けていないが、テオドラはそんな彼等より少し広い視野を持っていた。三界のデタントの流れを受け、魔法界が取り残されるのではないかと考えた『関東魔法協会』のように、テオドラもまた人間界と『北の連合』の交流が始まると、『南の帝国』が取り残されてしまうのではないかと考えたのである。
 ここでリカードの立場が問題となってくる。傍目から見れば『北の連合』は援軍と称して主席外交官を人間界に送り込んでいるように見えるだろう。
 しかし、帝国は麻帆良に援軍を送ろうとしない。そこでテオドラは私財を投げ打って援軍を組織し、親善大使と言う名目で自ら人間界に赴く事にした。そう、彼女が率いる援軍は、魔法界では珍しくもない賞金稼ぎを中心に構成されているのだ。

 そして、このテオドラの動きに別の意味で危機感を覚えたのがセラスだ。『北の連合』のみが援軍を送るのであれば『アリアドネー』はこれを静観するつもりだったが、『南の帝国』も援軍を送るとなると話は違ってくる。
 直接矛を交える事は無くなったが、事ある毎に対立する南北の両国。情報公開を控えた大事な時期に、人間界に舞台を移して諍いを起こされてはたまったものではない。テオドラの援軍は、荒くれ者も多い賞金稼ぎを中心に構成されているのだから尚更だ。
 両者の間を取り持つ者として自分達も行かねばならないだろう。こうして、異例である人間界への騎士団派遣が決定したのである。
 魔法騎士団の虎の子である精鋭『戦乙女旅団』を派遣する事にしたのは、ひとえに主席外交官のリカードと、親善大使となった皇女テオドラに並べるだけの箔を付けるためだ。
 後学のためと何人かの候補生を連れて来ているのは、ただ二人に振り回されるだけでは面白くないと考えたためである。
 今後人間界との交流が始まった時の事を考え、未来の騎士団を担う候補生達に人間界を直接見せておきたかったのだ。そう言う意味ではセラスもまた、今回の援軍派遣に外交的な意味合いを見出していると言えるだろう。
 当初の予定を遥かに超えた規模の援軍の裏には、こんな三者の微妙な対立があったのである。



 リカード、テオドラ、セラスの三人が一通り魔法先生達との挨拶を終えると、三つのバスにそれぞれ分乗して麻帆良に向かう事になった。ネギは当然、ネカネと一緒に『北の連合』のバスに乗り込む。
 ならばと横島は『南の帝国』にテオドラと一緒に乗り込むか、『アリアドネー』の女学生とご一緒しようかと考えたが、背後から忍び寄ったリカードに肩を組まれて、そのまま『北の連合』のバスに連れ込まれてしまった。
「離せーーー! テオドラ様が、アリアドネーの美少女達が俺を待ってるんじゃーーー!!」
「はっはっはっ、『テオドラ様』かい。ありゃ、猫被ってるだけで、実態は相当なじゃじゃ馬姫だぞ」
「俺は一向に構わんッ!」
「あと、若く見えるけど実年齢は三十路越えてる」
「……え、マジで?」
 その一言にピタリと動きを止めた横島。隣のバスに乗り込もうとしていたテオドラは、それに気付いて何か言いたげだったが、皆が見ている前でリカードに言い返す事も出来ず、そのままバスに乗り込んでしまう。
 リカードが言っている事は事実なのだが、彼女の種族は長命なので人間に換算すると外見通りの年齢になる。そんな事など露知らず、横島は「いや、しかし……だが、しかし……!」と葛藤していた。
 その隙に横島はリカードの手でバスの中に連れ込まれてしまい、そのままバスは出発した。『北の連合』のバスには横島、ネギと一緒に明石教授が乗り込み、他の二つのバスにもそれぞれ魔法先生達が乗り込んでいる。
 当然、バスにも認識阻害の魔法は掛けられている。これで窓から亜人種の顔が見えていたとしても、道行く通行人達は何とも思わないだろう。
 横島の隣にはリカードが座っている。リカードは外交官としてGS協会から派遣されている横島と仲良くしておきたいと考えているのかも知れないが、ネカネの隣は無理にしても誰か美人の隣に座りたいと思っていた横島にとっては踏んだり蹴ったりである。
 ちなみに、通路を挟んで隣の席に座るのはネカネとネギだ。ネギは久しぶりに会った姉にしきりに話し掛けており、こちらはなんとも楽しそうであった。

「あれ?」
 バスが走り出してしばらくしたところで、ネギが懐から携帯電話を取りだした。何事かと思わず横島もネギの方を見る。
 こう言う場であったため着信音は消していたのだが、バイブレーションで着信があった事に気付いたらしい。皆が各々でバスに乗り込みがやがやとしている状態なので、ネギもすぐさまメールをチェックし始めた。
「ネギ、誰からだ?」
「えっと……アーニャからです」
「アーニャ?」
 初めて聞く名に横島が疑問符を浮かべていると、ネカネが、アーニャと言うのはネギの幼馴染みだと教えてくれた。ネギより一才年上の少女であり、現在は魔法使いの修行のためにロンドンで占い師をしているそうだ。
 そんな彼女が、ネギにどのようなメールを送ってきたのか。ネギとその肩の上のカモが、携帯を覗き込みながら揃って絶句している。
「………」
「それで、そのアーニャって子は何て言ってきたんだ?」
「それが……今、成田に着いたって」
「……はぁ?」
 それを聞いたリカードが、腕を組んで首を傾げた。
「はて? その子、援軍のメンバーじゃないよな? 麻帆良で学園祭が行われる事とか、援軍の事をその子にも知らせたのか?」
「まさか! 僕、アーニャのロンドンの住所とか知りませんよっ!」
 リカードの問い掛けを慌てて否定するネギ。実際、彼はアーニャの携帯の番号、メールアドレスについては姉を通じて知っていたが、彼女がロンドンのどこに住んでいるかまでは知らなかった。
「あ、あの……あの子、学園祭の事は知っているはずです」
 リカードの疑問におずおずと答えたのはネカネだった。ネギは姉への手紙に学園祭についても書いていたのだが、それを帰省していたアーニャも見たらしい。彼女はそこで麻帆良で学園祭が行われる事を知ったのだ。
 流石に援軍の事までは手紙にも書いていなかった。ネカネも特に話してはいないので、アーニャは魔法界の援軍については何も知らないだろう。ただ単に麻帆良の学園祭を見るために観光客として日本に来たのだと思われる。
「ど、どうしましょう?」
「どうしましょうって言ってもなぁ。別に追い返す必要は……ないですよね?」
 魔法使いの事情については横島も全てを知っている訳ではないので、明石教授に問い掛けてみる。
「その必要はありませんが、大丈夫でしょうか? その子、日本は初めてなのでしょう? 迷子にならなきゃ良いんですけど」
 ネギより年上と言っても子供は子供だ。流石に放っておく訳にはいかない。誰かが迎えに行くしかないだろう。
 アーニャは既に空港に到着しているようなので、今から麻帆良に連絡をして誰かに来てもらっても間に合わない。今、このバスに居る誰かが行かなくてはならない訳だが、はっきり言って選択の余地はほとんどなかった。
 まず、明石教授達魔法先生は、援軍の皆を麻帆良まで引率し、案内しなければならない。となるとネギか横島と言う事になるのだが、久しぶりに姉と再会したネギを、ここで引き離すと言うのは酷な話だろう。つまり、横島が行くしかない。
「と言っても、会った事が無いんだよなぁ。上手く合流出来るか?」
「それじゃ、横島さんの写真を撮ってアーニャに送っておきます」
「ああ、それなら向こうから声を掛けてくるのを待てば良いな」
 横島としても、暑苦しいリカードの隣に座って麻帆良まで行くよりかはマシと言う事で、アーニャを迎えに行く事に異存は無い。ネギが携帯で横島の顔写真を取り、アーニャへと送る。するとアーニャからネギが迎えに来ない事に対する文句を添えて、空港で横島が迎えに来るのを待っていると言う返事が返ってきた。
「それじゃ、ここで降りてそのまま空港に向かいます」
「分かった。学園長の方には僕から連絡しておくよ」
 横島はすぐさまバスを降りて空港へと向かう。
 ネカネのような妙齢の少女を迎えに行くのではないのが残念だが、子供が一人で待っていると考えると、心細い思いをしているだろうから早く迎えに行ってやらねばならないと思えてくる。
「それじゃ行くか」
 流石に徒歩で行ける距離はとっくに過ぎ去っていたため、横島は成田行きの交通機関を探し、成田空港行きの電車を見付けると早速乗り込んで空港へと向かうのだった。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 オリジナルアーティファクト『Grimoire Book』
 経絡、及び横島の修行に関する各種設定。
 ネギパーティの本拠地が入った水晶玉と、魔法先生用のセーフハウス。
 魔法界及び『北の連合』、『南の帝国』、『アリアドネー』に関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

前へ もくじへ 次へ