topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.78
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 時間は前後して、昨夜テラスでのパーティを終え、早い者はそろそろ床に就こうかとしていた頃、レーベンスシュルト城の小さな一室に茶々丸、千鶴、夏美、三人の少女達の姿があった。
 その中庭に面した部屋には直接中庭に出られる扉があり、外に出ると物干し台がある。また、部屋の中には既に超と聡美により横島と茶々丸が買ってきた洗濯機が設置されており、その他にもカゴや棚も備え付けられている。また、隣の部屋へ行けばアイロンにアイロン台として使えるテーブル、果てはミシン等の裁縫道具まで用意されている。洗濯等、衣類に関する事は全てをこの部屋と隣の部屋で行えるようになっているようだ。
 茶々丸は横島達からゴールデンウィーク中に使用した衣類を預かっており、夜の内に洗濯をしてしまい、朝になれば干せるようにしておこうとしていた。千鶴と夏美の二人は、エヴァも合わせて五人分のバッグを抱えた茶々丸を見つけ、大変そうだと手伝いを申し出てここに来ている。
「それにしても、たくさんねぇ」
「五人の着替え三日分だもんねぇ、これ全部入るかな?」
「流石に一度には無理でしょう」
「何度かに分ける事になりそうね」
 横島と茶々丸は、大人数で使う事も考えて大きな洗濯機を買ってきたのだが、それでも三日分の洗濯を一度にするのは難しいようだ。
 三度に分けて洗濯する事になり、まずは外を駆け回って汚れているアスナと古菲の衣服を、次にあまり汚れていないエヴァと夕映の物を洗濯する事にし、横島のは一番最後に回す事になった。
 二度に分けるだけで十分だったかも知れないが、時間の余裕はあるので、外を駆け回って服を汚していたアスナと古菲、逆にあまり汚れるような事はしなかったエヴァと夕映、そして下着の洗濯も頼んでいる横島の三組に分ける事にしたのだ。
「こちらのカゴに分けておいていただけますか?」
「分かったわ。それじゃ、夏美ちゃんはこっちをお願いね」
「わ、わかった」
 茶々丸がアスナと古菲の衣類を洗濯機に放り込み始め、千鶴はひょいと一つのバッグを夏美に手渡し、自らもエヴァと夕映の衣類をバッグから取り出し、ひょいひょいとカゴに移し始めた。時折エヴァの可愛らしい子供服を手に、あらあらと頬をほころばせている。
 問題は夏美だ。おそらく千鶴は気を利かせて一番量の少ない横島の分の担当にしてくれたのだろうが、彼の衣服の担当と言うのは、夏美にとっては一番の難関であった。色々な意味で。
 心を落ち着かせるべく一度深呼吸をし、それから手を震わせてバッグを開く。
 まず出てきたのはスーツの上着で、それを見た夏美は意外そうな表情をした。横島は仕事の時しかスーツを着ないので、普段彼女達の前でスーツを着る事がないのだ。修学旅行の時の横島はスーツを着ていたのだが、夏美達の方にそれを気にする余裕がなかった。当時の夏美達は彼等の事情を知らなかったが、今にして思えば、あの時の横島達は木乃香の護衛をしていたので、スーツを着ていたのだろう。
「ねぇ、茶々丸さん。スーツってここで洗濯出来るの?」
「流石にそれは難しいですね。スーツは別にしておいて下さい」
「分かった」
 夏美はバッグの中からスーツのパンツも取り出し、それを畳んで脇に退ける。バッグの中に入れる手にネクタイも引っ掛かったので、それも引っ張り出して、畳んだスーツの上に置いておいた。
 千鶴が隣で手際よく服をより分けているのを見て、夏美も作業を続ける。しかし、次の服を取り出した瞬間、彼女の動きはピタリと止まってしまった。その手にあるのは白い一枚のTシャツ。ただのシャツではない、夏美にとっては。傍目に見て地味なそれは、ヘルマン一味から身を隠すべくエヴァの別荘に一週間避難していた際に、倒れた横島の着替えを手伝った彼女が、彼の身体を支え、その背に顔を密着させた時のシャツなのだ。ゴールデンウィーク中の除霊に行く際、別荘で洗濯してもらったこのシャツを着て、そのまま出発したのだろう。
「……うぅ」
 横島は、このシャツを肌着として着たまま武士道甲斐ランドの除霊を行った。当初はあっさりと文珠で除霊するはずだったのだが、信玄公の執念に操られた猿と武田猿軍団の襲撃により横島はスーツ姿のまま駆け回る事になったのだ。
「………」
 そのままシャツをカゴに放り込めばよいのだが、何故か手が動かない。頭の中がぐるぐると回っていた。
 このシャツに顔を埋めてみたい。ふと、そんな願望が夏美の心に過った。同時に、駄目だ、そんな事はしちゃ駄目だと、頭の中で否定し続けているのだが、それとは裏腹に、シャツと彼女の顔との距離は、ゆっくりと、しかし着実に近付いて行く。
 夏美にとっては永遠にも感じられるような短い時間の後、彼女の鼻先がシャツに触れようとした丁度その瞬間―――

「夏美ちゃん、どうしたの?」
「うひゃぁっ!?」

―――突然、背後から千鶴が声を掛けてきた。
 驚いた夏美は弾かれるように顔からシャツを離して千鶴の方に向き直ると、何やら悪戯が見つかってしまった子供のように、さっとシャツを後ろ手に隠し、「なんでもない! なんでもない!」と空いた手をブンブンと横に振る。
 千鶴は特に追求する事もなく、自分の担当は終わったからと、バッグから次々に横島の服を出してカゴに放り込み始めた。横島は自分の下着の洗濯も茶々丸に頼んだため、中には当然彼の下着も入っているのだが、千鶴は平然とした様子だ。
 一方、夏美は横島のシャツを後ろ手に隠したまま身動きが取れなくなってしまう。すぐにでもシャツを出そうとも考えたが、変にツっこまれてしまえば、どう答えていいかが分からない。混乱した彼女は涙目になり、後先考えずにこの場から逃げ出そうかとさえ考え始めていた。
「あの、夏美さん」
 そこにタイミングの悪い事に茶々丸が不意に声を掛ける。
 夏美の背後のテーブルの上にあった洗剤を取ってもらおうとしただけなのだが、当の夏美はそうは受け取らなかった。後ろ手に隠したシャツが見つかったと思ったのだ。
「ご、ごめんなさーい!」
 思わず踵を返して駆け出す夏美。そのまま部屋から出て行こうとするのだが、更に間の悪い事に、部屋から飛び出そうとした瞬間、彼女の前に大きな人影が立ち塞がった。
「わぷっ!?」
「ん、どーした夏美ちゃん」
 夏美にとって幸か不幸か、その人影の正体は横島であった。もう寝る準備をしていたのか、パーティーの時と違ってTシャツにトレーナーのズボンとラフな格好である。
 小柄な夏美はあっさりと横島に受け止められてしまった。身長差があるため、夏美が横島の胸に飛び込み密着している形だ。自分がどんな状態にあるか理解した夏美の顔が瞬く間に真っ赤になる。
「あら、忠夫さん。どうしたんですか?」
「ああ、千鶴ちゃんに渡しとかないといけないのがあってな」
「私に、ですか?」
 横島は千鶴に用があったらしい。千鶴も寄って来て、夏美の頭上越しに会話を交わしている。
 おかげで夏美は横島に密着したまま動く事が出来なかった。ぐるぐると目を回し、ただただ気持ちを落ち着かせるために深呼吸を繰り返している。密着した状態なため、横島は夏美の吐く息が胸に当たりくすぐったいが、止めてもらうほどではない。横島が何気なく左手をポンと夏美の頭に乗せると、彼女はビクンとその身を震わせる。
 そして横島は、あやすように左手で夏美の頭を撫でながら、右手で一枚のお札を取り出し千鶴へと差し出した。
「これは?」
「悪霊から身を守る札だ。貼ったりはしなくていいから、常に持ち歩いててくれ」
 横島が千鶴に渡したのは、修学旅行中に陰陽寮で購入した札の一枚である。
 建物等に貼り、悪霊を寄せ付けないようにするのが本来の用途だが、千鶴への話の内容からも分かる通り、持ち歩く事により、その人を悪霊から守る効果もある。
「霊力がそれなりにあるのに使えない状態ってのは、結構悪霊に狙われやすいんだよ。霊感があると特に」
「私、霊感はあまりないと思うんですけど」
「それでも念のために持っといてくれ。その手のトラブルに巻き込まれると、自分の身を守るために霊力に目覚めてしまうケースが結構あるからな」
 霊障に遭い、魂が生命の危機を感じて後天的に霊力に目覚めると言うのはかなり多いケースだ。千鶴のような資質を持ちながら霊力に目覚めていない者は尚更である。
 霊能力者になりたくないと言うのであれば、そもそも霊障に巻き込まれないのが一番であろう。逆になりたいと言うのであれば、先に霊力を目覚めさせておいた方が、いざ 霊障に巻き込まれたとしても、自分の身を守る事も出来る。
 そう考えると、千鶴自身が決心するまでは、霊障に遭わない事が望ましい。横島が渡した札は、そのための物であった。

「ところで夏美ちゃん、どこか怪我でもしたのか? さっきから動かないけど」
「……ハッ!」
 胸に顔を埋めたまま全然動かない夏美に、横島が怪訝そうに問い掛けると、夏美はハッと我に返って顔を上げた。二人が話をしている間中、横島の匂いを堪能してしまっていたようだ。心なしか、目がとろんと潤んでいる。
「何もしてませーんっ!」
 自分が何をしていたかに気付いた夏美は愕然とし、その場から逃げ出すように部屋から飛び出して行った。突然の行動に横島もその後を追う事が出来ない。
 横島は何故逃げられたか分からなかったようで、千鶴は夏美は照れているのだと彼をフォローする。
 洗濯の準備は茶々丸がほとんど終わらせていたので後はスイッチを入れれば、朝までに全自動で最初の洗濯を済ませておいてくれるだろう。横島も、千鶴に札を渡すと言う目的は果たされたので、エヴァに宛がわれた部屋に帰る事にした。千鶴も貰った札を大事にそうに持ち、選んだ自分の部屋に戻る事にする。

 その頃、自分に宛がわれた部屋に駆け込んだ夏美は、横島のシャツを手に、どうするべきかと頭を悩ませていた。
 洗濯機のある部屋から飛び出してそのまま寝室に戻ろうとしたのは良いのだが、手にしたシャツをそのまま後生大事そうにしっかりと握り締め、そのまま戻って来てしまったのだ。
「ど、どうしよう……」
 考えてみるが、冷静さを失った今の夏美には、どうにも考えをまとめる事が出来ない。
 結局、夏美はシャツが誰にも見られぬよう早々にベッドに潜り込み、横島のシャツを抱き締めたままそれを隠すように身体を丸めて一晩を過ごしたそうだ。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.78


 翌朝、一同はテラスではなくサロンとなった広間の方で朝食を済ませた。談笑しながらのにぎやかな朝食が終わると、横島、学園長、明石教授、それにネギの四人が集まり、皆を呼んで注目を集める。まるで朝礼のようだ。
「皆、ちょっとこっちに注目してくれんかの。大事な話があるでの」
 皆の視線が自分達に向いたところで、学園長はネギを前に押し出す。
 事前に学園長から何を話さなければいけないかを聞いていたネギは、意を決して皆に語り始めた。
「皆さん。もうご存知でしょうが、僕は魔法使いです」
 それを聞いたアスナ達は疑問符を浮かべる。皆、何かしらの魔法使い絡みのトラブルに巻き込まれてネギの正体を知り、ここに居るのだ。魔法使いである事など今更である。
「今まで、その事を他の人達に内緒にしてもらっていたのは、僕が魔法使いであると知られた事がバレてしまうと不味かったからです」
「あ、そう言えば、その辺の事情は聞いた事なかったような」
 そう呟いたのは円。彼女のようにヘルマンに人質にされてなし崩しに巻き込まれるようになった者達は、ネギが魔法使いである事を聞かされた時、それを秘密にして欲しいと頼まれたが、何故秘密にしなければならないのかについては、オコジョにされてしまうからとしか聞かされていなかった。
 アスナ達と言う先に事情を知って巻き込まれている者達の存在があったため、特に秘密にする事に疑問を抱かず了承していたが、考えてみればオコジョにされると言う事は、オコジョにする者も存在すると言う事だ。
「そこからはワシが説明しようかの」
 ここで学園長が再び前に出て、説明役をバトンタッチした。
「君達が今、疑問に思っているであろう、ネギ君をオコジョにする者、それがワシら『関東魔法協会』じゃ」
 それはこのレーベンスシュルト城に学園長が現れた時点で予測出来ていた事だ。むしろ、初めて『関東魔法協会』の名を聞いた者達は身近な「関東」と言う単語と「魔法」と言うファンタジーな単語が合わさって一つの言葉になっている事に違和感のようなものを感じている。
 しかし、この驚きは序の口である。続けて学園長は関東魔法協会の成り立ちについての説明を始める。中世の時代まで遡り、『魔女狩り』によって追い立てられた魔法使い達が魔法界へと移住した事から始まり、近年になって人間界に舞い戻り、国連NGOとして世のため人のため陰ながらその力を使っている事まで包み隠さずに話した。
「あの、質問よろしいでしょうか?」
 学園長の説明を聞き終え、そう言って手を上げたのはあやかだった。先程の説明で腑に落ちない部分があったのだろう。聡明な彼女が、自分達に気付かない何に気付いたのかと、少女達の視線があやかに集まる。
「何かな?」
「先程の説明によりますと、魔法使いは『魔女狩り』によってこの世界から追い立てられたとの事ですが、何故今になって戻ってきたのでしょうか? しかも、この世界の人達を助けるために、その正体を明かす事なく活躍しているとか」
 ネギはその質問を聞いて、今まで何の疑問も抱かなかった事が、急に大きな謎になっていくのを感じていた。豪徳寺、山下の二人も言われてみればおかしな状況である事に気付いて顔を見合わせている。そして質問を受けた学園長は、理解の早い優秀な生徒に、満足気に頷いた。
 確かにあやかの言う通りなのだ。魔法使い達が人間達の手により人間界から追い出されてしまったのならば、密かに人間界に舞い戻って来たとしても、何故、人助けのためにその力を使わねばならないのか。自分達を追い出した人間に対し、復讐を企てる方がまだ自然なのではないかとも思える。
 何か重要なファクターが抜け落ちている。その事に気付いた者達の視線が一斉に学園長へと注がれた。
「では、横島君に交代するとするかのぅ」
「俺っスか?」
「ワシらが現在進めている計画について話すにも、君から三界の現状を説明しない事には始まらんじゃろう」
「……なるほど」
 抜け落ちている重要なファクター、それは現在、神界、魔界、人間界の三界で進められているデタントである。
 確かに、それについて説明するのは、魔法使いである学園長よりも、GSであり、神魔族との繋がりが強い横島の方が適任だ。指名を受けた横島はゴホンと一つ咳払いをしながら、学園長の隣に立って説明を始める。
「あ〜、まず最初にハッキリとさせときたいんだが、一般人にはあんまりピンと来ないかも知れないが、神も悪魔も実在している」
 突然の脈絡もない話であったが、一同は神妙な面持ちで頷いた。麻帆良は魔法使い達が陰で尽力したおかげであまり被害はなかったが、魔王≪過去と未来を見通す者≫アシュタロスが人間界に降臨した事件は記憶に新しい。
「神と悪魔って言ったら争ってるイメージがあるだろうけど、実際は、そうでもないんだ」
「えっ、そうなの?」
 意外そうな声を上げたのはハルナ。彼女の中にはゲームや話の中に出てくる「神と悪魔の戦い」のイメージがあったのだろう。
 実際、そのように戦っていた時代もあったのだが、それは人間界に神魔族や精霊、妖精が居た時代の話である。
 フェンリル狼が主神オーディンを喰らった事により古き神々の時代は終わった。精霊、妖精も人間界から去った事で人間の時代が訪れたのだが、それ以降、神魔族が直接的に人間界に関わる事はほとんど無くなっている。
 しかし、彼等は人間界に自分たちの勢力を広げる事を諦めた訳ではなかった。直接的に関わる事が出来ないのならばと、神族は宗教と言う形で、魔族は人間達に魔法を教えたり、知識や力をちらつかせて契約する事で魔側に引きずり込んだりする事で、人間界に勢力を伸ばし始めたのだ。『魔女狩り』も、結局のところは神魔族の勢力争いの産物である。

「ポチ先輩、この辺の話は詳しかったりするか?」
「いや、流石に詳しくはないな」
 余談ではあるが、古き神々の時代を終わらせたフェンリル狼は、人狼族であるポチ、小太郎の遠い祖先に当たる。
 そもそも「オオカミ」とは、すなわち「大神」。フェンリル狼は異端の神ロキの息子であり、彼等人狼族は古き神々の血を受け継ぐ一族なのだ。
 彼等二人が『金の針』を持つ全開状態のパイパーと戦い、そして勝利する事が出来たのは、ただの土着の妖怪達とは格が違う、人狼族の力があってこそである。

 閑話休題。

「要するにだ。神魔族が完全に決着をつけたり戦うのをやめちまうと、世界が滅びちまうんだと。どう言う理由でそうなるのかは、俺もよく知らんけど」
 あっさりと「世界が滅ぶ」と口にする横島に、一同は目を丸くする。しかし、これは終末論などではない。実際に突如として滅ぶ訳ではないが、宇宙のエントロピーの増大を早めてしまうといわれている。その先に待っているのは、生命も進化もない世界、すなわち「滅び」である。
 つまり、神魔族は人間界を滅ぼさないためにデタントを推し進めているのだ。これは、神魔族が勢力争いをした結果、人間界が生命と霊的エネルギーが多様に進化した希少な世界になったため、それを保護する目的があるらしい。
「それって要するに皆仲良くしようって事なのかな?」
「いや、対立は続けてるらしい。直接争う事がなくなるだけで。最近は、人間界でなら一緒に暮らす事も出来るんじゃないかって言われてるらしいな」
 ちなみに、神魔族の共存のテストケースとなっているのが、夏休みにエヴァが行こうとしている妙神山である。あそこには現在、主である猿神(ハヌマン)こと≪闘戦勝仏≫斉天大聖は普段冥界に引っ込んでいるものの、管理人である竜神の小竜姫、神格を得た元・妖怪ヒャクメ、そして魔族のパピリオに、魔に堕ちた竜神であるメドーサが共同生活をしている。
 ことあるごとに対立する小竜姫とメドーサが日々、プチ・ハルマゲドンを起こしているそうだが、それなりに平穏に過ごしているらしい。

「そうやって三界の交流が盛んになってくると、魔法使いが移り住んだ魔法界だけが取り残されかねん。じゃから、ワシらは人間界に舞い戻り、人間達と再び手を取り合おうとしたのじゃよ」
「そう言う事でしたの……」
 中世の魔法使い達は、魔族の力を借りて魔法を使い、それ故に神族の信徒達から迫害されて、人間界を追われた。
 そのため、当時の魔法使い達は魔法界へ移住したのを機に魔族の力を借りた魔法を捨て、精霊の力を借りた魔法に切り替えており、それ以降は神族とも魔族とも距離を取っている。神魔族の推進するデタントにおいて魔法界の事が考慮されていないのはそのためである。
 そんな三界におけるデタント推進の流れを知り、魔法界ではこのままでは不味いと人間界へ舞い戻る事を考え始めた者達が現れ始める。最早人間界に関わる必要はないと言う反対意見も根強かったが、それに負けずに地道に活動を続け、彼等は『関東魔法協会』のような組織を世界各地に作るまでに成長していく。
 そうした者達のグループが地下に埋もれた魔法使いの遺跡の上に麻帆良学園都市を作り、それから数十年後に、若き日の学園長もまた、融和の理想を抱いて一熱血教師として麻帆良へとやって来た。
 人間界に舞い戻った魔法使い達が、陰ながら世のため人のためにと活動し始めたのもこの頃からである。迫害を恐れて隠れ住んでいるだけでは、人間界を追われたあの頃と変わらない。魔法界の反対派を納得させるには、人間界における魔法使いの立場を確立する必要があったのだ。
 当時の魔法使い達は、人間界に戻ろうとする者達と、それに反対する者達とではっきりと二派に分かれていたと言える。直接矛を交える事はなかったが、融和を目指すデタント派と反デタント派に分かれていたと言い換えても良いだろう。
 今では、彼等「裏の魔法使い」の存在は、オカルト業界では暗黙の了解となっている。もっとも、それを知っているのは、今のところ一部の者のみだが。
 学園長が人間との融和のために一般人に魔法を教えようとした事が裏目に出て、東西の大戦に発展してしまったりと、全てにおいて順調だったわけではないが、国連NGOとなった事で、魔法界の反対派もなりをひそめ、今は関東魔法協会が進めている情報公開を魔法界全体が見守っている。
 彼等にしてみれば、人間界で魔法使いの存在が一般に認められると言う事は、『魔女狩り』を行った教会を見返す事にも繋がるのだろう。

 ちなみに、彼等が魔法界に移住するために使ったのが、魔族の力を借りた最後にして最大の魔法であり、それを現代に蘇らせる事こそが、中世の失われた魔法を研究する魔鈴にとっての最終目標でもある。
 彼女が人間界と魔界を行き来したり、瘴気に満ちた魔界に人間が普通に暮らせる異空間を出現させたりと、空間に干渉する魔法を得意とするのは、その魔法を目指して研究を進めているためなのだ。

「それじゃ、あのヘルマン伯爵は一体何だったの? 魔族はデタントってのをしようとしてるんでしょ?」
 横島と学園長の話を聞いて美砂が、ふと疑問に思った事を呟いた。自分がネギの正体、そして魔法使いの存在を知る事になった切っ掛けだけに色々と思うところがあるのだろう。
「神族にも魔族にも、決着つけなきゃいかんとか言ってる『反デタント派』って過激派がいるらしいが……ヘルマンは違うんじゃないかなぁ? あれ、誰かと契約してたみたいだし」
「契約?」
「あの時、麻帆良周辺の山中で魔物召喚しまくってた魔法使いだよ。ヘルマンはそいつの命令で動いてたんだから、デタントは関係ないだろ」
「魔族も色々なんですねー」
「ルール守ろうとするのは、基本的に神族側の方だからな」
 更に言ってしまえば、デタントは神族と魔族が争う事を禁じているのであって、魔族が人間を攻撃する事を禁じる物ではない。その魔族がアシュタロスのように人間界における神魔のバランスを崩す程の力を持っているならば、神魔族はデタント維持の名目で干渉するが、ヘルマンやパイパー程度の魔族であれば、基本的に黙認している。そう、神魔族にしてみれば、彼等は「程度」で済んでしまうのである。

「さて、これで君達にも、ワシら魔法使いがその正体を隠さねばならない理由は分かってもらえたと思う」
 学園長の言葉に一同は神妙な面持ちで頷いた。彼等魔法使いは、人間界から追い立てられて魔法界に移住したと言う過去があるため、その正体を隠そうとしている。人間界で『魔女狩り』と言えば、もはや歴史の授業で習うような昔の話なのだが、魔法界には当時から生き続けている魔法使いも存在するため、簡単に過去の話とする事は出来ないのだ。
「じゃから、本当ならば、これだけ大勢の人間に正体がバレてしまったネギ君は、魔法使いの仮免剥奪の上に魔法界へ強制送還。更に罰としてオコジョになってもらわねばならん」
「うぅ……」
 学園長の毅然とした言葉に怯むネギ。そうならないために、ネギは今まで学園長に魔法使いである事がバレた事を秘密にしてきたのだから無理もあるまい。
 しかし、一方で学園長も、ネギが秘密にしている事など、とうに知っている事を秘密にしてきたのだ。つまり、元よりネギを処罰するつもりなどなかったのである。学園長は表情を緩ませると、自慢の顎ヒゲを撫でながらほっほっほっと笑ってみせた。
 そもそも、学園長達は情報公開をして、一般人に魔法使いの存在を知らせるために動いているのだ。本当にネギにしっかりと正体を隠させる気があるのであれば、エヴァがネギを狙った時点で彼女を止めている。元より、数人にならばバレてしまっても黙認するつもりだったのだ学園長は。
「……流石に、クラス全員とは思わなんだ」
 ただ一つ、その一点だけが予想外であった。
「これをただ黙認するのは、色々と問題があるからの。いっそ、3−Aを情報公開のテストケースにしてしまおうと言うわけじゃよ」
「それで、良いんでしょうか?」
「なぁに、実情は今と大して変わらんよ。ネギ君がワシらに秘密にする必要がなくなっただけじゃて」
「あ、ありがとうございます!」
 魔法使いである事を知られてしまった事を学園長にも秘密にしていた事はネギも気になってはいたのだろう。それを許され、ほっと安堵した様子だ。
 学園長の方も、エヴァの家に3−Aの面々が出入りするようになった事で発生した食費の問題を、これで解決する事が出来るので、こっそり安堵の溜め息を漏らしていたりする。
 一方、3−Aの生徒ではない豪徳寺達。ポチと小太郎は元々オカルト業界の関係者なので気にしていないようだが、豪徳寺、中村、山下の三人はそうもいかないため、豪徳寺が挙手して学園長に質問を投げかけた。
「学園長、俺達は3−Aではないのですが……」
「豪徳寺君達か。確かに君達は3−Aの生徒ではないが、ネギパーティのメンバーなのであろう? ネギ君と共に戦う仲間であるのならば、立派な関係者じゃよ。ただ、極力他の者には知られないよう気を付けておくれ。ネギ君の事を、よろしく頼むぞい」
「分かりました。任せてください!」
 豪徳寺は学園長の言葉に力強く頷いて答えた。ネギの『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』である彼だが、彼にしてみればネギは主と言うよりも、友であり、仲間である。言われなくともネギの事を守るつもりであったが、それを関東魔法協会の長である学園長に認めてもらえた事が嬉しかった。
 そして、学園長は3−Aの面々にも釘を刺しておく事を忘れない。
「君達の方も、ワシらが公認すると言っても、魔法使いの存在が一般人には内緒である事は、まだ変わっておらん。あまり、外では話したりせんよう、気を付けておくれ」
「お任せ下さい、学園長。ネギ先生の秘密、守ってみせますわ!」
 学園長からの3−Aの面々へと投げかけられた言葉には、クラス委員長であるあやかが皆を代表して答えた。
 勿論、皆も異論は無い。千雨などは勝手に「そちら側」の人間にされてしまい、色々と言いたいところであったが、情報公開されれば、知り合いに関係者が居るだけの一般人に戻れるのだと自分に言い聞かせて、今は黙って我慢する事にする。
「まったく、やってらんねぇ……え?」
 溜め息混じりに視線を横にやると、そこには一人の少女が座っていた。不味い、クラスメイトの前でぞんざいな口の利き方をしてしまったと慌てて口を押さえる千雨だったが、そこに座っていたのが、修学旅行で親しくなった、ある程度気心の知れた相手だと言う事に気付くと、口を押さえていた手を下へと移動し、ほっと胸を撫で下ろす。
「……ん?」
 しかし、次の瞬間、千雨は言いようのない違和感を感じた。
 千雨が初めて魔法使い絡みのトラブルに巻き込まれたのは、修学旅行中のシネマ村で、『狂人』月読が木乃香を攫いに来た時であった。
 あの時、彼女はその場に居ただろうか。いや、いなかった。
 次に巻き込まれたのは、ヘルマン一味のすらむぃ達が女子寮の大浴場『涼風』を襲撃した時である。
 あの時、彼女はその場に居ただろうか。いや、いなかった。
 幾人かのクラスメイト達がすらむぃに攫われ、アスナと古菲が近くに居たため、間一髪で辛うじて難を逃れた千雨は安全のためにアスナ達と行動を共にし、エヴァの別荘に避難する事になった。
 あの時、彼女は避難した面々の中に居ただろうか。いや、いなかった。
 その後、攫われた人質達は、ネギや横島達の手により無事救出された。その後、彼女達もエヴァの別荘を訪れて皆で一泊したわけだが――あの時、彼女は救出された人質の中に居ただろうか。いや、いなかった。
 ハッキリと覚えている。彼女は居なかった。
 彼女は魔法使い絡みのトラブルに巻き込まれていない。何も知らない一般人がここに居る。
 その事に気が付いた千雨は、思わず立ち上がって叫んでいた。
「なんでお前がここに居るんだ、春日ーーーッ!?
 いまだ皆に正体を知られていない魔法生徒、春日美空。彼女の存在に気付く者がとうとう現れたのである。
「ど、どうしたのちうっち。いきなり大声出して」
 千雨の向かいの席に座っていたハルナが驚いて目を丸くしている。『魔法使いの従者』と言う、思い切りネギの関係者であるハルナも同じテーブルに着きながら美空の存在に気付いていなかったようだ。何故気付かないんだと、千雨ははがゆくて堪らない。
「お前も気付けよ! 春日のヤツは、まだ魔法使い絡みのトラブルに巻き込まれてねぇだろうがっ!」
 呆気に取られたようなハルナが「あ……」と漏らしたその声に、皆の声も重なった。どうやら誰一人として気付いていなかったらしい。
「あ〜、いや、それは……」
 一方、美空も困っていた。
 昨日までは、皆美空が一度も魔法使い絡みのトラブルに巻き込まれていない事に気付かず、普通に会話を交わしていたため、まさか気付かれてしまうとは思ってもみなかったのだ。
 どう答えるべきかと考えようにも、美空に気付いた皆がわっと寄ってきてしまったため、考える時間も与えてはくれそうにない。逃げようにも周囲には人垣が出来て逃げ出せそうにもなかった。
 そんな彼女に意外な人物が助け船を出してくれた。
「貴様等、落ち着け」
 なんと、エヴァである。
 皆の視線が集まったところで、エヴァは美空をフォローするために口を開いた。

「そいつは魔法生徒だ。元々関係者だから問題はない」
「ちょっ!?」
「なーんだ、それなら安心……って」
「えええーーーっ!?」

 ただし、庇うのではなく、止めを刺す方向で。
 流石にこれは美空も、彼女を取り囲んでいた面々もビックリである。
「エヴァちゃん、それヒドくない!? て言うか、なんで知ってんスか!?」
「貴様等は、私にとっていつ敵に回るか分からん存在だったのだぞ? 同じクラスになった魔法関係者をチェックしてないとでも思ったか?」
「う゛……」
 言われて見ればその通りだ。エヴァは魔法先生達の会議に参加する事は無いが、それを調べられる立場にある。
 魔法使い達によって幽閉されている身なのだから、クラスメイトになった魔法関係者を警戒して調べるのも、エヴァにしてみれば当然の話であろう。

 後は大騒ぎであった。
 美空が魔法使いであった事は、担任教師からして魔法使いである3−Aの面々には、驚かれはしたものの特に問題もなく受け容れられる。
 現在ネギから魔法を習っているのどか、まき絵、亜子が駆け寄って来て、魔法を使ってみせてくれと言ってきたので、基本的な魔法を使ってみせると、妙に尊敬の眼差しで見られてしまった。
 そこで美空は調子に乗り、普段悪戯のために使っている変装の魔法などを使って見せると、皆から拍手喝采が巻き起こった。ネギも使ってみせた事の無い魔法であり、見た目にも面白かったためであろう。
 更に美空がボイスチェンジの魔法も合わせて物真似を始めてしまうと、サロンは一発芸披露の場へと早変わりしてしまった。美空も突然自分の正体をバラされてしまった事でヤケになっているのかも知れない。

「な、なんで、そんなにお気楽なんだ、お前らは…っ! 違う! ツっこむ所はそこじゃないだろっ!?」
 そして、一人流れに取り残された千雨は、別のテーブルに避難して頭を抱えていた。
 今まで誰一人して美空の存在に気付かなかったのも問題だが、それを平然と受け容れてしまった事も、常識人である千雨には信じられない。
 美空だけでなく3−Aの面々全員に対して盛大にツっこんでやりたかったが、美空の魔法披露でサロンが宴会場のようになっている現状では、誰も聞いてはくれないだろう。
 千雨はテーブルに肘を突いて頭を抱えながら、自分は違う、自分だけは常識人でいてやる、自分は言われるまで気付かなかったあいつらとは違うんだと、自分に言い聞かせるようにブツブツと呟いている。
 かく言う彼女も、昨日一日美空と何度か会話を交わしているのだが、それは言わぬが華であろう。「五十歩百歩」、何故かそんな言葉が頭に浮かんだが、千雨はそれを打ち消すようにブンブンと頭を振ってそれを否定した。

 関東魔法協会公認で、限定的に魔法使いの情報が公開されたクラス3−A。
 千雨自身もこの現状に頭のてっぺんまでどっぷりと漬かっている状態なのだが、彼女がそれを認められるようになるには、もうしばらく時間が掛かりそうである。



つづく


あとがき
 妙神山の賑やかな日々については、『黒い手』シリーズ外伝『パピリオ・レポート』をご覧ください。

 レーベンスシュルト城は原作の表現を元にオリジナル要素を加えて書いております。
 霊力が強い人には霊が寄ってくる。そんな人が悪霊から身を守るための護符が存在する。
 古き神々の時代の終焉から、人間の時代における神魔族の勢力争い、そしてデタントに関する流れ。そして、それに関する魔法界の動き。
 今更のようですが、これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。

 また、魔法使い達が魔法界に移住するために行使した大魔法儀式を、『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』では「魔族の力を借りた最後にして最大の魔法」とし、魔鈴の中世の失われた魔法研究における最終目標と位置付けています。
 『黒い手』シリーズ外伝『ぷちルシ魔界編』をお読みの方は、「プロフェッサー・ヌルならば、その魔法を知っているのではないか?」と思われるかも知れませんが、原作GS美神では令子がプロフェッサー・ヌルが人間界で活動していた時代の事を「魔女狩りが盛んになるのはもっと後の時代」と言っておりますので、その時代に令子達に退治され、魔界へと還されたヌルは、それ以降に魔法使い達が発展させた魔法については知らないと言う事にしております。勿論、「魔族の力を借りた最後にして最大の魔法」も知りません。

 プロフェッサー・ヌルは、失われた魔法研究において貴重な情報源ではありますが、模範解答ではないのです。
 研究者である魔鈴も、そのようなものは望んでいないでしょうしね。

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