topmenutext『黒い手』シリーズ『黒い手』最終章』>03 六道家にて
前へ もくじへ 次へ

 03 六道家にて


 横島達が、荷物をまとめて六道家の邸宅に到着したのは、そろそろ日付が変わろうかと言う頃であった。帰宅したのが昼過ぎだったと言う事もあり、全ての荷物を纏めるのに時間が掛かったのである。
 いつもの六女のメンバーもやって来たが、流石に荒らされた庭で修行と言う訳にはいかず、彼女達も荷物をまとめる手伝いをしてくれた。彼女達の力もあって、半日足らずで引っ越しの準備を済ませる事が出来たのだ。少女達は本来ならば門限があるため、遅くまで手伝う事は出来なかったのだが、そこはそれ。かおりを始めとする自宅から通学している面々は、途中までしか手伝えぬ事に後ろ髪引かれる思いで帰って行ったが、寮生達は六道夫人が特別に許可すると言う事で、最後まで手伝ってくれた。今は、六道夫人が用意した車で寮まで送ってもらっているはずだ。

「遅いわよ。人を呼びつけといて」
「あ、美神さん。来てくれたんですか?」
 横島達が六道邸に入ると、令子と、門限のために途中で帰ったおキヌが出迎えた。横島からの連絡を受けて、話に乗ってくれたらしい。
 実のところ令子は、当初はこの話に乗り気ではなかった。彼からの電話を受けた直後、天使襲撃と六道家に関わる事を天秤に掛け、後者の方が重いと見て、六道家には関わらないつもりでいた。
 しかし、帰って来たおキヌから、横島の家に小竜姫が訪れていた事を聞き、その考えを改めたのだ。妙神山も動く程の大事とあらば、自分一人では手に負えないかも知れない。無料でエミ達の協力を得られるならば、六道家と関わる事も止むなしと判断したのである。
 ちなみに、その判断を最後に後押ししたのは、彼女もまた、明後日からの六道女学院の臨海学校にインストラクターとして参加しなければならないと言う事実であった。どうせ逃げられないのならば、一日増えるぐらい構わないだろうと言う事だ。これがなければ、令子は自分だけで対処しようとしていたかも知れない。
 なんにせよ、こうして令子も来てくれたのは、横島にとって幸運であった。自分だけで六道夫人に対抗するのは無理と言うのもあるが、こう言う非常時において令子やエミの存在は、非常に心強い。
 今の彼等には、過激派神族が何をしようとしているのかがさっぱり分からず、漠然とした不安が渦巻いている。しかし、彼女達が一緒と言うだけで、随分と安心出来ると言うものである。
 ちなみに、お友達が遊びに来たと真っ先に出迎えそうな冥子は、姿を現さなかった。六道夫人から連絡を受け、おめかしして待っていたらしいのだが、どうやら待ち切れずに眠ってしまったらしい。夜更かししない良い子である。

 一行は、まず客座敷へと通された。横島達は、引っ越しの準備に追われてまだ風呂にも入っていないため、順番に風呂を借りる事にする。まずは愛子と小鳩が、マリアとテレサを引き連れて行った。
 既に夜も更けてはいるが、まずは令子に直接事情を説明せねばなるまい。説明役は、当事者であるカオスだ。彼から天使襲撃に関する詳しい話を聞いた令子は、厄介な事に巻き込まれた元従業員に、どこか呆れた様子であった。
 そんな呆れた表情を見せる令子に対し、エミはニヤニヤとからかうような口調で話し掛ける。
「て言うか、むしろ責任は令子の方にあるんじゃない?」
「は? それ、どう言う意味よ」
「天使は『八房』を追って横島の家に辿り着いたワケ。『八房』はきっと、シロ目掛けて飛んで来ただろうから……」
「グッ……!」
「シロは、お宅の従業員だったわね〜。これって、子飼いの部下が他所様に迷惑を掛けたって事になるのかしら?」
 つまり、横島の家が襲撃された責任の一端はシロにあると言うのだ。シロが悪いと言う訳ではないが、シロが令子の事務所に居れば、そちらに『八房』が飛んで来て、天使もそちらを襲撃していただろう。神魔族にとっては、そこが横島の家だった事が重要なのだが、シロの雇い主である令子にとってはそうもいかない。高笑いを上げるエミに対し、令子は何も言い返す事が出来なかった。

 このままやられっぱなしでいるのは面白くないが、反撃の糸口も見付からない。そこで令子は、話の流れを変えるために、相手を変えて横島に別の話を振る事にした。
「それにしても、あんたも大変だったわねぇ。家の修理どうすんの? なんなら、良い建築会社紹介するけど」
 とは言え、この場で出せる話題など限られているため、話の内容は天使に壊されてしまった横島の家の事となる。
 令子は、メドーサに爆破されたビルの再建や、崩壊した妙神山の再建等で、安く済ませられる建築業者については詳しかった。
「あ、お願い出来ます? 修理しなくちゃいけないんだろうけど、その辺はさっぱりで」
「……まぁ、周辺住民の反応次第だけどねぇ」
「そう言えば、私がまだ幽霊だった頃、色々ありましたもんね」
 そう言う令子は、疲れた表情をしている。かつて事務所があったビルを爆破された後の始末について思い出しているのだろう。裁判沙汰になりかけた事件だけに、あまり思い出したくないようだ。おキヌもその時の事は覚えているらしく、苦笑いである。
「おばさまの〜地元だから〜、いざとなったら〜何とかしてあげるわよ〜」
 話を聞いていた六道夫人が朗らかに笑う。しかし、横島、令子、エミにとっては笑い事ではなく、三人の頬を冷や汗が伝った。六道夫人としては、生徒達が世話になっているので、六道女学院にほど近いあの場所に、横島が居てくれた方が良いのだろう。「何とか」の詳しい内容については深く突っ込まない方が良さそうだ。
「や、やっぱ、引っ越しも考えた方が良いっスか?」
「そ、そうね。いざって時は、それも視野に入れといた方が良いワケ」
 こう言う時の風評被害と言うのは馬鹿に出来ない。一度周辺住民に怯えられてしまうと、ものがオカルトだけに誤解を解くのは非常に難しく、令子がそうであったように、後は大体引っ越すしかないらしい。幸い、エミはそのような目には遭った事がないが、そう言うケースはこれまでに何度も聞いた事がある。
「あと〜、横島君の〜除霊事務所の〜今後にも〜関わってくるわね〜」
「横島さんの今後……ですか?」
 おキヌが興味深げに問い返した。
 六道夫人によると、問題は現在の横島の除霊事務所の規模にあるらしい。住居兼事務所と考えれば、横島の家は少々大きいぐらいなのだが、六女の生徒達の面倒を見ている事を考えると、少々手狭となってしまう。
「ああ、そう言えば、あんた、おキヌちゃん達を庭で修行させてたのよね。基礎的な事ならそれで良いかも知れないけど、これからも続けて行くなら、ちゃんとした場所でやらないとダメよ」
「そ、そうなんですか?」
「そりゃ、道から普通に見れる場所でするのは問題があるワケ」
「今は、霊力を鍛える基礎的な事を中心にやっとるから良いが、霊能の修行となると人目を憚る必要があるじゃろうな」
 令子を皮切りに、エミ、カオスと三人掛かりで注意されてしまった。
 彼女達の言う通りである。横島の家が人里離れた山奥にあるのならばともかく、街中にある普通の塀に囲まれた家である以上、修行風景が誰かに見られる可能性は常に付き纏う。現に、横島の家は六女の生徒達が集まっていると、近所では『女子高生御殿』などと呼ばれたりしていた。つまり、庭の様子をある程度知られていると言う事だ。
 いつも訪れるメンバーも、実は霊力の修行は横島の家で、霊能の修行は学校でと、修行場を使い分けていた。

「それじゃ、壁を高くして周りから見えなくするとか?」
「そこまでやるなら、それ用に道場を建てるか、これを機に人里離れた所に引っ越しなさい」
「或いは、規模を縮小するかね」
 ここで、エミと令子の意見が分かれた。
 エミが、これからも六女の生徒達の面倒を見続けるのならば、相応の設備を整えろと言っているのに対し、令子は、逆に弟子の人数をもっと絞り、個人事務所に専念する事を勧めていた。つまり、横島が今やっているような、修行を見ると言う形ではなく、令子がおキヌとシロを雇っているように、除霊助手として面倒を見ろと言っているのだ。
「あら、令子。せっかく上手く行ってるのに規模を縮小しろなんて、才能を眠らせるようなもんじゃない? 横島はもう、おたくの従業員じゃないワケ」
「横島はまだまだ新人だから、今はしっかり経験積みなさいって言ってんのよ! あんたこそ、魔理ちゃんが世話になってるから、自分の手間惜しんでそんな事言ってるんじゃない!?」
「あ〜ら、後進を育てるのって結構楽しいものよ? ロクに育てる事も出来ずに逃げられたおたくには分からない事かも知れないけど」
「な、なんですってぇーーーっ!?」
 エミのその一言はクリティカルであった。実は令子も、横島に対し師匠らしい事が出来なかった事を気に病んでいたのだ。素直じゃないので、表には出さないが。
 こうなれば、後は毎度のケンカである。当の横島そっちのけで二人の言い争いが始まってしまった。おキヌはなんとか二人を宥めようとするが、令子もエミも引き下がろうとはしなかった。高みの見物を決め込むカオスは、二人を煽るばかりである。

 そんな目の前で繰り広げられる騒ぎを眺めながら、横島は六道夫人の言葉の意味を理解していた。
 民間GSとして令子の下から独立し『横島除霊事務所』を立ち上げてから、遮二無二と言う程ではないが、それなりに頑張ってきた。独立に協力してくれたエミや魔鈴。業界の先達として色々と指導してくれた唐巣や西条。除霊の仕事を回してくれた猪場やクロサキの協力もあって、事務所の経営は上手く行っていたと言えるだろう。
 そして横島は知った。一口でGSと言っても、様々なタイプが存在する事を。
 例えばピートは、今は唐巣の教会を任され一民間GSとして活躍しているが、いずれオカルトGメンになって国境や貧富の差に関わらず人のために働きたいと言う夢を諦めた訳ではない。唐巣がGS協会の幹部に招聘されたため、立場上民間GSになるしかなかった彼だが、今ではそれも前向きに考えて、今はGSとして経験を積むのだと考えている。民間GSとしてのキャリアを持ち、今はオカルトGメン日本支部の隊長として活躍する美智恵を知った事による心境の変化であった。
 先日GS資格を取得したタイガーは、これからもエミの下で働きたいらしい。無論、除霊助手ではなく、一人前のGSとしてだ。一方で弓家一門所属のGSとして活躍している雪之丞は、いずれ独り立ちすると言う野心はまだ捨てていないようだ。今は弓式除霊術を学び、自らの糧とすべく修行中である。
 また、タイガーと同じく資格を取ったばかりの陰念は、白龍GSを受け継ぎ、これを立て直すべく頑張っている。多くの門下生を抱える彼の立場は、弓家一門を統べるかおりの父に近いと言えよう。
 では、横島はどうなのか。彼自身、『人と人ならざるもの達との共存』と言う大きな目標を持ってGSとして独立し、除霊事務所を立ち上げた。極端な話、横島にとってGSとは、目的のための手段に過ぎない。
 ならば、横島は一体どのようなGSを目指したいのか。六道夫人が言っているのは、そう言う事だ。
「やっぱ、ここまで面倒みてきた訳ですから、今更放り出すのはちょっと……」
 横島の呟きに、部屋に居た面々の視線が彼に集まった。令子とエミも、ピタリと言い争いを止めて彼の方を見る。その言葉はエミの意見を採用するものであった。令子は横島がそう決めたのならば仕方が無いと肩を落とし、おキヌはホッと安堵した様子で胸を撫で下ろす。
 と言うのも、もし横島が令子の意見を採用し、人数を絞って除霊助手を選んだ場合、令子の除霊助手であるおキヌの入り込める余地はほぼゼロだったのだ。仮に、令子の下を離れて除霊助手にしてもらうとしても、彼には既にタマモと言うやる気は無いが優秀な除霊助手がいる。新たに助手になれるのは、せいぜい一人か二人。だとすれば、横島の下でGS資格を取得した早生成里乃こそが最有力候補となるため、やはりおキヌの入り込む余地はなかっただろう。
 横島が本格的に六女の生徒達の面倒を見るようになると言う選択は、ある意味現状維持。もしかしたら今以上に彼に近付けるかも知れないものであり、おキヌにとっては望むところであった。

 無論、横島も女子高生に囲まれた今の環境を手放したくないがためだけに、彼女達の面倒を見るという選択をした訳ではない。半分ぐらいその通りなのは否定しないが。
 六女の生徒達が家を訪れるようになり、横島は役得だと思いながらも面倒を見てきた。真面目に頑張る彼女達を見捨てる訳にはいかないと言うのが、まず第一の理由だ。第二の理由は、独立時に聞かされた話を思い出したからである。
 脆弱な人間を見縊る妖怪、魔族と対等に渡り合うためには人間全体のレベルアップが必要となる。横島と同じく人と人ならざるもの達との共存を目指す、GS協会の名物幹部、『交渉役』猪場道九はそう言っていた。今の横島には、「人間全体」の視点で考える事は出来ないが、身近な強くなろうとする人達に協力する事は出来る。自分が、これからも六女の面々の修行に付き合う事は、小さいながらも確かな一歩になると考えたのだ。
 六道夫人は、その答えに満足そうに頷いた。横島がこのまま指導に当たってくれると言うのならば、それを全面的にバックアップしよう。それは、六道家にとってもプラスとなるのだから。
「となると〜、二つの方法が〜考えられるわね〜」
「どんな方法っスか?」
「あの家を〜建て替えて〜道場にするか〜、新しい場所に〜、道場を建てるかの〜二つよ〜」
 これは、周りの目を気にせずに修行出来る空間が必要と言う事だ。正式に『横島除霊道場』を開くと言う訳ではない。
 だが、どちらにせよ道場を建てる事になるため、横島はどちらが良いのか判断する事が出来なかった。縋るように令子達へと視線を向ける。
「……ど、どっちが良いんでしょ?」
「どっちって言われてもねぇ……」
「新しい場所次第?」
「横島さんの所なら、遠くても行きますっ!」
「地脈発電機は吹っ飛んでしまったから、作り直しは新しい場所でも一向に構わんぞ」
 しかし、皆ハッキリとした答えは返さなかった。結局のところは、横島自身が判断しなくてはいけない事なのだ。また、相談するにしても、それは愛子達も交えて話さなければいけない事だろう。今ここで結論が出せる問題ではない。
「その辺は〜、ゆっくり〜考えれば良いわ〜。今日のところは〜、しっかりと〜休んでね〜」
 そして、それは六道夫人にとっても望むところであった。どちらにせよ、新しい家が出来上がるまで横島がこの家に留まる事になるのだから、結論は先延ばしになればなるほど良い。
 その間に、冥子との仲が進展してくれれば重畳だ。そのまま六道家の敷地内に道場を建てる事になるのが理想である。しかし、それについては六道夫人は何も口出しするつもりは無かった。強要しては意味が無いのだ。「急いては事をし損じる」の精神である。

「そう言えば、俺達の部屋は?」
 これからしばらくの間泊めてもらう事になる訳だが、一体どの部屋を使えば良いのか。横島が六道夫人に問い掛けると、彼女が何か答えるよりも先に、令子がスッと席を立った。
「あ、私はメイドのフミさんに頼んで離れを用意してもらったから。おキヌちゃん、行くわよ」
「は、はい」
 なんと、横島達が到着する前に、六道夫人や冥子と一つ屋根の下で過ごす事を防ぐため、ちゃっかり自分の部屋を確保していたらしい。しかも、流石は六道家と言うべきか、離れと言っても横島の家より大きな屋敷だそうだ。
「あ、ちょっと! 令子、それはズルいワケ! 私も行くわよ!」
 先程まで言い争っていたエミも、この件に関しては逃げの一手だった。すぐに自分も離れで世話になると宣言する。令子と一つ屋根の下と言うのは無理かも知れないが、それでも本邸で冥子と一緒と言う選択肢は無い。
「どうしたのよ、何を騒いでるの?」
 その時、風呂上がりの愛子達が戻ってきた。おキヌが彼女達にしばらくお世話になる部屋の事だと話すと、愛子達も顔を青くして、すぐさま令子に付いていく事を宣言する。
「ワシは、最近は畳の部屋の方が落ち着くんじゃが、そう言う部屋はあるかの?」
「もちろんありますわ〜、すぐに〜用意させますね〜」
 カオスは、本邸にある一室を借りる事になった。彼を一人だけで放っておくと色々な意味で心配なので、マリアがこれに付き合う事になる。
「それじゃ、私は……」
「待て、逃がさんぞ」
「ちょっ!?」
 テレサも令子達と一緒に離れに行こうとしたが、横島がその腰にしがみ付くようにして引き止めた。流石にここで一人きりにされる訳にはいかない。令子やエミには頼めない。おキヌ、愛子、小鳩を巻き込む訳にはいかない。マリアにはカオスを任せるとなると、後の頼りはテレサしか残っていない。ここで彼女を逃がす訳にはいかなかった。
「それなら、あんたも離れ借りたらいいじゃない! 離れと言っても屋敷なんだから、誰も文句言わないでしょ!?」
「あら、ダメよ」
「そうね、横島は本邸に残らないと」
「「なんで!?」」
 仲良く揃ってダメ出しをする令子とエミ。これにはテレサだけでなく横島も悲鳴のような声を上げる。
 対する令子とエミは、こちらも声を揃えてしれっと答えた。
「「だって、あんた冥子担当だし」」
「いつからそうなったんスか!?」
 あえて言うならTV番組『どっちの除霊ショー』に参加した時からであろうか。
 実は、最近の冥子は、横島と一緒の時はあまり暴走していない。まるで式神と一緒の時のように、彼と居ると安心出来るようだ。六道夫人が横島を六道家に組み込もうと色々画策しているのも、それが大きい。
「と言う訳で、私達がこの家で過ごす間、冥子の相手は任せたわよっ!」
 そう言い残すと、令子達一行はそそくさと離れへと向かって行った。まさに早業。横島にそれを止める術はなく、ただ呆然とそれを見送るのみであった。
 そして残されたのは、横島、テレサ、六道夫人に、そして―――目付きの悪いハニワ兵であった。他のハニワ兵達は、愛子達について行ったが、彼女だけは横島の側に残っている。彼女にとって大事なのは、横島を守る事らしい。家からここまで移動する時もそうだったが、片時も横島の側を離れようとはしなかった。
「それじゃ〜、お願いね〜」
 六道夫人が用意してくれた部屋は、案の定冥子の部屋に程近い場所にあった。一部屋と言っても相応の広さがあるため、テレサと目付きの悪いハニワ兵が一緒に過ごす事になるが、その点にはついては特に問題は無いだろう。
 何にせよ、明後日の臨海学校まで、つまりは明日一日はこの態勢で過ごす事になるのだ。
「そいや、臨海学校に行く準備もしないといけないんだよな」
「荷物なら、引っ越しの時にまとめたから良いじゃない。それより、とっととお風呂に入ってきなさいよ」
「だな、そのまま持ってくか。それじゃ、行ってくるわ」
 除霊具を特に必要としない横島だからこそ成り立つ会話かも知れない。この時点では、横島もまだ暢気であった。

 ちなみに、横島達のために用意された部屋は、二人用で二つのベッドがあったが、テレサは簡易アダプタを使って充電しなければならないため、ベッドではなくコンセントに近いソファで休む事になる。
 しかし、ここまで高級なベッドを味わう機会は他に無いかも知れない。翌朝に充電を終え、朝食に呼ばれた横島を見送ったテレサは、こっそりベッドにダイブして、ごろごろとそのふかふかで柔らかな感触を味わうのだった。


 翌朝、六道夫人の歓待攻勢が始まる―――などと言う事はなく、至って平穏な時間が進んでいる。
 朝食は離れと本邸で別々ではあった物の、別に六道親子と差し向かいというわけではなく、同じく本邸で世話になっているカオスも一緒である。別段、令子達を遠ざけようとしている訳ではなく、本当に六道夫人は、横島が六道家に居る間に強引に事を進めようとは考えていないようだ。
 ただ、冥子は別であった。下心はなさそうだが、元より友達と言うものに飢えている彼女は、こうして一つ屋根の下に横島達が居る事が嬉しいらしい。何かと彼の後ろをついて回るその姿は。まるでカルガモの親子のようであった。もし、今の彼女に犬のしっぽが生えていたら、勢い良くぶんぶんと振られていただろう。
 過激派神族の再襲撃を考え、流石に今日は学校に行くのは自重した横島。明日から臨海学校だが、特別用意しなければならない除霊具などもないため、今日一日身体が空いてしまった。昨日は引っ越しの作業で疲れてしまったため、良い休息だと言えるだろう。
 令子達は令子達で、離れで明日の臨海学校の準備などをしているようで、横島達に関わってる暇はないらしい。そのため横島は、冥子、テレサと共に目付きの悪いハニワ兵に見守られながら、まったりとした時間を過ごす事になった。式神使いである冥子もまた、横島と同じく明日の臨海学校のために何かを用意する必要が無いのだ。
 横島に引き止められ、一時期はどうなるかと不安だったテレサだったが、これなら一安心である。
 この光景を見ていると、横島が冥子の担当と言うのも、あながち冗談とは思えなかった。
 冥子は本当に横島の事を信頼しているようだ。半分インチキなものだったとは言え、以前横島と一緒に出演したTV番組で、暴走する事なく仕事を終える事が出来たと言うのが、彼女の中では大きいらしい。年上だと思えない無邪気さではしゃぐ冥子の表情には、横島と一緒なら大丈夫だと言う安心感がありありと浮かんでいた。

「そうそう〜、それでいいのよ〜。焦る事はないわ〜。ゆっくりと〜仲良くなっていけば〜いいのよ〜」
 そんな彼等の様子を、メイドのフミさんと共に陰から見守るのは六道夫人だ。現在の状況については、彼女は何もしていない。冥子が自分で考えて行動した結果である。
 だが、六道夫人にはこうなるであろう事が、何となくだが分かっていたのではないだろうか。彼女とて一人の母親、娘の気持ちぐらい察しがつくと言うものだ。今回、こうして横島を冥子の護衛として雇ったのは、可愛い娘に対する援護射撃としての意味合いもあるのだろう。
「横島くん〜、冥子の事を〜よろしく頼むわね〜」
 そう言って微笑む彼女の表情は、六道家当主としてのものではなく、一人の母親としてのそれであった。

「横島くん〜、遊びましょ〜」
 この冥子の攻勢は、夕食後も続く事になる。
 なんと、ネグリジェ姿の冥子が、横島の部屋を訪れたのだ。これには思わず横島達も噴き出してしまう。どうも冥子は、まだ話し足りなかったらしい。特別何かする訳ではなく、横島のベッドの上で二人が向かい合って座り、身振り手振りも交えて嬉しそうに話す彼女に対し、横島はその揺れる胸元に注目しながら相槌を打つばかりだ。
 しかし、冥子にはそれが嬉しかったらしい。やがて話し疲れたのか、横島のベッドの上にコテンと倒れて、そのまま眠ってしまった。
「え、え〜っと、どうしよう?」
「放っとけば? 私のベッドが空いてるし、使って良いわよ」
「あ、そっか」
 起こすのも可哀想なので、冥子はそのまま横島のベッドで寝かせ、当の横島は使われる事のないテレサ用のベッドを使わせて貰う事にする。
「………眠れん」
 しかし、こんな状況下で横島と言う男が簡単に眠れるはずもなく、彼は一晩、眠れぬ夜を過ごす事になるのだった。

「やるわね〜、冥子〜。その調子よ〜」
「あ、あの、奥様。こんな出歯亀のような真似は止めませんか?」
 当然、その様子の一部始終を、六道夫人がこっそり見ていたのは言うまでもない事である。



つづく




あとがき
 六道家に関する各種設定。
 GSの風評被害に関する各種設定。
 『冥界』に関する各種設定。
 神族のパワーバランスに関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ独自の設定です。ご了承ください。

前へ もくじへ 次へ