05 史上最大の臨海学校(前編)
六道女学院除霊科の臨海学校当日。一行は目的地である小間波(おまは)へと向かっていた。
可能性としてはさほど高くないものの、神族過激派の天使が再び現れる確率はゼロではない。と言う訳で横島、冥子、令子、エミ、そしてテレサの五人は、生徒とは別行動で現地に向かう事にする。そのために、六道夫人は一台のワゴン車を用意してくれた。
愛子、小鳩の二人は、今回は不参加だ。流石に他校の生徒が参加する訳にはいかない。横島も「他校の生徒」ではあるのだが、彼はプロのGS、インストラクターとして同行しているので、これには当て嵌まらない。テレサは、かつて海に落ちた記憶から行くのを嫌がったが、カオスがマリアと同じ防水装備を用意したため、彼女も除霊助手として参加する事になった。言うまでもなく、横島のお目付役である。
「リムジンとか出してくるかと思ってたら……案外、普通の車だな」
「でも〜、結構頑丈なのよ〜」
冥子曰く、外見はただのワゴン車でも、装甲車並に頑丈になっているらしい。しかも、霊的防御力も備えているそうだ。
「外からの攻撃には耐えられても、中からの攻撃にはどうなのかしらね?」
「横島、おたくは冥子担当なんだから、暴走させるんじゃないわよ?」
「へーい……って言うか、冥子ちゃん担当は、もう確定事項なんスか?」
その横島の問い掛けに、令子とエミの二人は視線を逸らす事で答えた。
運転はエミが担当し、助手席には令子が座る。後ろの座席には残りの三人が座った。冥子とテレサで横島を挟む形だ。更にその後ろは荷物が詰め込めるようになっており、一行の荷物と令子とエミの除霊具が詰め込まれている。
ふと気が付くと、窓から見える風景が、いつの間にか街から海へと変わっていた。目的地まであと少しだ。
「ところで、臨海学校って何やるんスか? 小間波海岸って、普通の海水浴場ですよね?」
その疑問には、助手席の令子が振り返りつつ答えた。
「実態は、除霊実習よ。あの辺は海流と地脈の関係上、雑霊が溜まりやすい場所なの。そこで六道家が百年ほど前に結界を張って、霊が陸に近付けないようにしたのよ」
「でも〜、それだと〜沖合に〜霊が溜まっちゃうから〜、年に一度〜結界の保守点検と〜、雑霊の除霊をするのよ〜」
「波に流されるぐらいだから、力の弱い雑魚ばっかりなんだけどね。種類だけは豊富だから、結構面倒な連中なのよ。私も学生の時は、手を焼かされたわ」
そう言って令子は視線を前方に戻す。その瞳は、どこか遠くを見詰めているようだ。学生時代を思い出しているのだろう。偉大なる母、美智恵の影から逃れようと、学生である事よりも除霊助手としての活動に力を入れた青春時代だったが、それでも感慨深いものがあるらしい。
「……って、美神さん、高校の頃はブレザーだったんじゃ?」
「六道の制服って変わったばかりだから。て言うか、なんであんたがそんな事知ってるのよ?」
「い、いや、以前にちょろっと」
横島は、二度ほど高校の頃の令子を見ている。時空消滅内服液を飲んで時代を逆行した際と、令子がナイトメアに寄生され、深層心理の底でナイトメアが過去の令子達を喚び出した際の事だ。前者は最後に赤子になってしまった時の事は覚えていなかったが、それまでの事は覚えていた。ナイトメアの時は、高校生の令子に神通棍で執拗に攻撃されたため、忘れようがない。
ちなみに、ナイトメアに喚び出された令子は、高校生だけでなく中学生、小学生、幼児と四人いたが、それでも冥子一人の暴走の前には為す術がなかった。今や世界最高峰のGSと呼ばれる彼女でも、冥子一人を恐れるのは仕方が無い事なのかも知れない。
閑話休題。
横島達の話が一区切りついたところで、運転中のエミが令子に問い掛けた。
「おたく、今回の臨海学校の期間中に天使が襲撃してくる可能性、どれくらいだと考えてるワケ?」
「天使襲撃事件に関しては、あんたの方が詳しいでしょうけど……低くは無いんじゃない? 魔に属するっぽいの狙ってるんでしょ?」
「天使じゃなくて『殉教者部隊』にやられたって話も合わせると、相当数になるわね……」
「『殉教者』ってーと、魔法学校で遭った?」
『殉教者部隊』と言うのは『教会』の勢力の中でも、神族過激派に傾倒した者達が擁する部隊で、力の結晶と化した天使の魂を用いた兵鬼を扱う者達だ。彼等もまた、天使同様魔に属する者達を襲撃している。
横島は、以前魔鈴の護衛として魔法学会の研究発表会に同行した際に、この『殉教者部隊』と一戦交えていた。
「でも〜、私の十二神将は〜元々は鬼だけど〜今は〜みんないい子よ〜。どうして〜狙われるのかしら〜?」
「それを言ったら、私だって前世は魔族だけど、今はれっきとした人間で、神魔混合属性だってば」
何故自分達が狙われるのかと憤る令子に、思い切り魔に属する呪術師のエミと、半魔族である横島は何も言う事が出来ない。
特に横島は、『愛子組』の騒動で妙神山に運ばれた際にヒャクメに調べてもらった所、魔族化の浸食が進んでいる事が判明した。本人に自覚は無いのだが、肩まで魔族化した右腕だけでなく、左腕は肘まで、そして腰から下も爪先まで魔族化してしまっているらしい。分かっていた事だが、完全に魔族化するのは時間の問題であろう。
魔族化に至る経緯が、あくまで自分の魔力によるものなので、人格面への影響がほとんど無さそうなのが不幸中の幸いだろうか。ヒャクメ曰く、下手をしたら横島の霊力源が魔に堕ち、煩悩魔人になっていた可能性もあったそうだが、今までとどう違うのかが甚だ疑問である。
「そう言えば、日本って元々神魔混合属性の強い地域らしいっスね。小竜姫様が言ってました」
「根っこにあるのが精霊信仰だからね。『ブっちゃん』系も、調伏された鬼がそのまま仏の眷属になる事も多いから、神魔混合の傾向が強い土地柄なのよ。日本は特に」
かく言う冥子の十二神将も、薬師如来に帰依した鬼だ。本来ならば、魔属性として狙われるはずがない存在だろう。
しかし、今動いている神族過激派は違う。『聖祝宰』の一派は、『天使絶対』を掲げているのだ。たとえ仏に帰依していようとも、鬼は鬼。討つべき悪なのである。前世が魔族メフィストであり、魂がその影響下にある令子も例外ではない。
「ついでに言っちゃえば、今、あの海岸の沖合って一年分の雑霊が溜まってる訳だからねぇ、それ目当てに来る事も考えられるわよ」
「それだったら、俺達とばっちりっスね〜」
そう言って横島は乾いた声で笑った。もちろん、口元を引き攣らせた苦笑いだ。
ちなみに、横島周辺の人物では、『現代の魔女』魔鈴、バンパイアハーフのピート、魔装術の使い手である雪之丞、陰念が『聖祝宰』一派に狙われる可能性がある。
そのため、魔鈴は店を臨時休業にし、魔界に避難している。ピートは、故郷の仲間が心配だと一時的にブラドー島に帰郷するそうだ。そして雪之丞、陰念はと言うと――天使の襲撃は望むところだと、てぐすねをひいて待っているらしい。この二人に関しては心配する必要はないだろう。
「そして、俺達は協力して身を守ると」
「一応、六道家のガードが周辺を警戒してくれるらしいからね。安全性は上がるはずよ」
「除霊実習の指導もしてあげるんだから、ギブアンドテイクなワケ」
令子とエミは、昨年も臨海学校にインストラクターとして参加して欲しいと頼まれていたのだが、二人とも理由をでっち上げて断っていた。エミはともかく令子は、今年はおキヌが世話になっているため流石に断れないのではないかと思っていたところに降って湧いたのが今回の話である。
令子はすぐさま一計を案じ、インストラクターとして参加する代わりに、自分の身を守るために六道家の力を利用させてもらうと言うギブアンドテイクの形を取った。そのため今年は、現役トップクラスのGSが揃って参加すると言う異例の臨海学校になったと言う訳である。
ちなみに、横島はこの「トップクラスのGS」にはカウントされていない。流石に、まだ新人であるため、実績が足りないのだ。かつて、横島が六女一年生のクラス代表達と試合をした後、多くの生徒達が彼の家を訪れるようになった。しかし、その数が一人、また一人と減り、いつしか真面目に修行する者のみが通うようになって久しい。
おかげで、今や横島の名前の影響力は弱まっており、ほとんどの生徒達は令子、エミと一緒と言う事に喜び、そして緊張している。横島が一緒なので、日頃の修行の成果を見せようと張り切っているのは、おキヌを筆頭に極一部のみであった。
「ねぇ、あそこのホテルじゃない?」
テレサが指差したのは海沿いに建つ旅館。建物の一部が海上に突きだしている。周囲の旅館と比べて、一際立派な佇まいだ。
「ちょっと早く着いたわね」
そうこうしている内に、一行は宿泊する旅館に到着した。
安全運転を心掛けてきたつもりだが、それでも生徒達を乗せたバスより早く到着してしまったようだ。しかし、インストラクターとして令子達が同行する事は既に連絡が行っており、去年もここを訪れた冥子が居た事もあって、一行はスムーズに部屋へと案内される。
「美神さん、除霊具はどうしましょう?」
「霊が上陸してくる海岸まで、またその車で行くから、手荷物以外は積んだままでいいわよ。その車相手に車上荒らしなんて無理でしょうしね」
と言って令子は宿泊用の荷物と、神通棍、破魔札ホルダー、精霊石だけを入れたバッグを手に旅館へと入って行った。エミも手荷物の量は令子と同程度だが、大きなブーメランを入れたケースが一際強い存在感を放っている。横島と冥子に至っては、普段は除霊具を使わないため、宿泊用の荷物のみであった。
横島とテレサが旅館に入ると、令子と冥子が、この旅館の支配人らしき老紳士と談笑していた。
近付いて話を聞いてみると、学生時代に除霊実習でここを訪れた令子は、他の生徒達とは一線を画した、一際目立つ大活躍をしたそうだ。そのため、支配人が顔を覚えていたらしい。他にも数々の武勇伝を残しているらしく、懐かしそうに語る支配人に対し、令子は恥ずかしそうだ。そんな彼女の後ろ姿を、エミがニヤニヤと笑って見ていたのは、言うまでもない事である。
「ちなみに、これからの予定は? 俺、さっぱり聞いてないんですけど」
「おキヌちゃん達はミーティングがあるけど、私達はそれに参加する必要はないわ。あと、霊が来るのは深夜だから」
「それって、霊が来る時間が決まってるって事?」
「毎年だいたい決まった時間に流れ着くのよ。潮の流れから計算して、だいたいこの時間ってぐらいだから、そこまで正確じゃないけど」
「ま、今回は六道家で見張りを立ててるだろうから、私達はのんびりさせてもらうワケ」
つまり、夜までは自由時間と言う事だ。その代わり、いざ除霊実習が始まれば徹夜で除霊と言う事になる。
部屋割りは、令子、エミの二人部屋と、横島、テレサの二人部屋に分けられていた。流石の六道夫人も学校行事と言う事で、冥子と横島を一緒にするのは自重したのだろうか。冥子は彼女と同じ部屋と言う事になっていた。この二日間、六道家で色々な意味で追い詰められていた横島としては一安心である。
その後、生徒達を乗せたバスが到着。荷物を持って各部屋に入ったおキヌ達は、まず水着に着替え、その上にジャージを着る。この時点で、いつでも除霊に行ける臨戦態勢を整えるのだ。これは令子達も変わらない。それぞれ水着に着替え、その上にジャージやスウェットを着ていた。当然、横島もそれに倣うのだが、裾が長めのハーフパンツのような水着を選んでしまったため、その上にジャージを履くと少し違和感があるが、こればかりは仕方がないだろう。慣れるしかない。
準備を終えた生徒達は旅館の宴会場に集まり、ミーティングを受ける事になる。足にスクリューを搭載した追加パーツを装着し、ボディスーツのような耐水装備を身に着けたテレサ。彼女も念のために説明を聞いておこうと、これに参加する。
ちなみに、テレサの耐水装備は、髪の長い彼女のために頭に被る流線型のヘルメットがセットとなっているのだが、流石にそれを今から被っていると邪魔なので、束ねた髪をシニヨンにしているだけだ。
臨海学校と言っても、あくまで除霊実習。令子達から見れば雑霊でも、数が揃えば生徒達には厳しい相手だ。怪我人が出る事も珍しくない、実戦に近い修行である。皆が真剣な表情になるのも当然であろう。
昼食が終わった後は、除霊実習が始まる夜まで自由時間と言う事になるのだが、遊びに行こうと言う者は皆無である。いざ除霊が始まると、徹夜で雑霊達と戦う事になるのだ。仮眠を取らなければならない。
考えてみれば当たり前の事だが、昼から出る悪霊と言うのは珍しい。大抵は夜に出没するものだ。そのため、夜に備えて明るい内から眠れると言うのは、GSにとっては基本スキルである。朝に弱い冥子も、仕事となれば徹夜ぐらい出来るのだ。
その一方で、ミーティングに参加していないため、手持ち無沙汰な横島。令子とエミは、夜まで出歩くつもりはないらしく、部屋から出てくる気配がない。流石に彼女達の部屋に押し掛ける訳にもいかず、かと言って部屋で一人で過ごすのも退屈なので、横島はロビーでみやげ屋などを覗き、ぶらぶらする事にした。
「横島君〜、ちょっといいかしら〜」
愛子達へのおみやげは何が良いだろうかと考えていると、冥子を伴った六道夫人が声を掛けて来た。冥子は、下に水着を着ているのだろうが、珍しく着物を着せられていた。落ち着いた色合いの六道夫人の着物に対し、冥子のそれは桃色、卵色、水色を淡い色目ながらも大胆な割り付けをし、大きな牡丹を中心に幾つもの花をあしらったデザインだ。なんとも爽やかで可愛らしい振り袖である。
「実はね〜、おばさまは〜これから〜地元の人達に〜会わないといけないのよ〜」
この臨海学校は、ただの学校行事ではない。この小間波海岸は入り江になっており波は穏やかで、砂質も良く、地脈と海流の関係で雑霊が集まる事を除けば海水浴場としては理想的な環境が整っている。百年ほど前に六道家が結界を張って雑霊の侵入を防いだ事で、観光と漁業の町として栄えたのだ。つまり、六道家あってこその小間波、六道家とは非常に縁の深い土地なのである。
この毎年恒例の除霊は、六道女学院が出来る以前から行われてきた。今は学校行事として除霊実習となっているが、これが行わなければ海開きが出来ないと言う事もあり、六道家と、この旅館だけでなく、観光協会を始めとする地元の多くの人々が関わっている。そのため、六道夫人が来れば地元の有力者達が挨拶のために旅館を訪れると言うのもまた、毎年恒例の行事になっていた。
去年までは六道夫人が一人で応対していたのだが、そろそろ娘を次期当主として鍛えたいのだろう。今年からは、その席に冥子も同席させる事にしたようだ。彼女に振り袖を着せているのは、そのためなのだろう。
「……で、俺は何すりゃいいんスか?」
「横島君にも〜、同席して欲しいのよ〜」
「知らない人ばかりだから〜、不安なのよ〜。横島君〜お願い〜」
ニコニコ笑顔の六道夫人に対し、冥子は涙目であった。彼女も先程不意に言われたらしく、まったく心の準備が出来ていない。いや、時間を掛けたところで準備は出来なかっただろう。逆に、事前にこの事を知っていれば、「おなかがいたいの〜〜〜」とか言い出して臨海学校をズル休みする事を考えたはずだ。
「で、でも、俺が居ても何も出来ませんよ?」
「横島君は〜、冥子の護衛でしょ〜? 隣に座ってるだけで〜いいのよ〜」
「はぁ……」
逃げる事は出来なさそうだ。仕方なく横島も同席する事にする。
「流石に〜ジャージじゃダメだから〜これに着替えてね〜」
「俺も着物ですか?」
「それは〜プレゼントよ〜。横島君も〜これからは〜そう言う正式な場に出る事も〜多くなると思うわ〜。それなら〜大抵どこでも通じるから〜、必要なら〜いつでも使っていいのよ〜」
そう言ってにこやかに微笑む六道夫人。彼女が手渡したのは、落ち着いた色合いの紋付、羽織に袴であった。冥子の振り袖に比べればあまり派手な物ではなくが、六道家では正装として通じる着物らしい。六道家で通じると言う事は、オカルト業界であれば大抵どこででも通じると言う事だ。
染め抜きされた紋は六道家の物なのだが、六道夫人曰く、今回は観光協会や役所の人達が挨拶に来るだけなので、別に構わないとの事だ。もし、これが正式な会合などであれば、それこそ冥子と婚約でもしなければ、六道家の紋が入った羽織を着る事など許されない。それはそれで一向に構わないのだが、流石に時期尚早と言うものであろう。
「そうそう〜横島君ちの家紋を〜後で教えてね〜。ちゃんとした〜横島君の着物を〜作ってあげるから〜」
「え〜っと……そこまでしてもらっていいんスか?」
「いいのよ〜、これくらい〜。でも〜今日は〜間に合わないから〜これを着てね〜。着付けの人も〜呼んであるから〜」
「わ、分かりました」
あれよあれよと言う間に横島は着替えさせられてしまった。ゆったりとした袴なので、下が水着でも気にならない。
そのまま旅館の一室に連れて行かれた横島は、冥子の隣に座らされた。大きなテーブルの片側に六道夫人、冥子、横島と三人が並んで座る形だ。それから数分もしない内に数人の男性が入ってきた。町長を始めとする観光協会の会長等、この町の有力者達だ。向い側に座った彼等と六道夫人が話し始めるが、横島はほとんど右から左へと聞き流していた。
実習と言えども除霊は除霊。実際にこの規模の除霊を行うとなると、その料金は途方もないものになる。しかし、六道家は修行のために利用させてもらっていると言う事で、これまで料金を受け取った事は一度もないらしい。そのため、彼等は六道夫人には頭が上がらないのだ。
「あの、そちらの方は……?」
話を進めていく内に、一人がおずおずと横島について尋ねてきた。冥子の事はこの場で会った事はないものの、去年も除霊実習に来ていたため知っていたが、横島とは初対面だ。この場に同席する事が許される、六道家の家紋入りの紋付羽織袴の男、気になって当然であろう。しかも、見たところ冥子は彼に心を許しているようだ。大人達の会話にはあまり興味がないのか、横島に話し掛け、微笑んでいる。
「この子は〜、最近独立したばかりの〜新人GS〜横島忠夫君よ〜。なかなか〜見所のある子なの〜」
対する六道夫人は、特に言葉を飾る事なく、あっさりと簡潔に紹介する。余計な事を言われずに横島としては安心だが、尋ねた面々はそうではないようだ。顔を見合わせて、何とも言えない複雑そうな表情になっている。そんな彼等の様子を見て、六道夫人はクスリと笑った。
この場に六道家の家紋入りの着物を着た、しかも、冥子と仲睦まじい若い男がいる。しかし、六道夫人はただの新人GSだと言う。これは一体、どう判断すれば良いのだろうか。
六道夫人は本当の事しか言っていない。故に、聞いた相手が勝手に勘違いしようとも彼女には関わりのない事であった。
「実はね〜、去年も〜あの人達から〜何件か〜お見合い話が〜持ち込まれてたのよ〜」
「ナンデスト!?」
「え〜、そうだったの〜? 私には〜まだ早いわ〜」
彼等が帰った後、六道夫人はニコニコと微笑みを浮かべながらネタばらしをしてくれた。
当の冥子も知らない事だが、昨年、冥子も一緒に除霊実習に来た際、彼等から見合い話を幾つか持ち込まれていたそうだ。冥子は恥ずかしそうにいやんいやんと首を振っている。当然、六道夫人はその全てを断ったのだが、今年もまた来るのは目に見えていたので、今年は横島を隣に座らせる事で相手を牽制する事にしたらしい。
冥子をこのような場に連れてきて経験を積ませると言うのも、もちろん目的の一つだったが、メインはやはり見合い話を持ち込まれないようにする事だろう。
「なるほど、それで俺にこの着物を」
「でも〜、その着物をあげるのは本当よ〜。おばさま〜、横島君の事〜応援してるから〜」
もっとも、横島に六道家の礼服を渡すと言うのも目的の一つである事は間違いない。実際、この礼服は大半のオカルト業界関係者に対し効果がある。どのような形になるかはまだ定かではないが、横島は冥子を支えられる人材だ。現に彼と一緒に仕事をした時の冥子は、ほとんどの仕事を成功に終わらせていたりする。その事を考えれば、礼服を渡すぐらい、それこそ安い物であった。横島除霊事務所の独立保証人の一人であるGS協会の名物幹部、猪場道九もまた六道家と縁が深いため、実はそこまで特別扱いと言う訳ではなかったりする。
「それじゃ〜、二人は〜そろそろ休みなさい〜。夕ご飯を食べたら〜、すぐに除霊実習よ〜」
「は〜い、お母様〜」
「了解っス!」
時計を見れば、午後二時を回ったところだった。夕食まであと数時間は仮眠を取る事が出来そうだ。
横島も、これまで仕事で徹夜する事は何度もあったが、それも昼の内に仮眠を取ってこそである。そうでなければ流石に集中力がもたない。
しかも、今回はインストラクターとしてクラスの一つを指揮しなければならないのだ。いつも以上に責任重大である。また、今は六女の生徒達の模範とならねばならない立場だ。横島は素直に六道夫人の言葉に従い、部屋に戻って仮眠を取る事にした。
そして、横島が仮眠に入ってから三時間が経過した。そろそろ早めの夕食の時間なので起きようとしたその時、突然、ドンドンと扉を叩く音が鳴った。横島はその音に驚き飛び起きてしまう。
横島より先に動き出したテレサが、何事かと扉を開けると、そこには六道夫人が連れて来たガードの一人が立っていた。
「た、大変です! 霊団が、霊団が津波のようにこちらに向かって来ています!」
「え、何それ? 早過ぎない!?」
なんと、いつもならば深夜に波打ち際に到達していた雑霊達が、何故か今年に限って遥かに早くに殺到したのだ。現在、雲霞の如く攻め寄せており、六道夫人が連れて来たガード達が砂浜で奮闘しているらしい。
「美神さん達には?」
「既に別の者が行っております」
「分かった、私達もすぐに降りるわ」
「よろしくお願いします!」
ガードは頭を下げると踵を返して走り去った。テレサは部屋の中に戻るとまだ寝ぼけている横島を引っ張り起こす。
既に着物は脱ぎ、水着の上にジャージを着た状態なので、このまますぐに出発出来る状態だ。二人は、大急ぎで一階へと降りて行った。
「横島! 早く乗り込むワケ!」
ロビーを走り抜けて外へと飛び出すと、そこには例のワゴン車が従業員達の手により玄関前に戻されていた。
生徒達を乗せるバスも移動してきているのだが、流石に全員集合には時間が掛かりそうだ。クラスに関係なく、出てきた者から順にバスに乗り込み、満員になったところで順次砂浜に向けて出発している。
「なんだって急に……」
「それは分からないけど、今は上陸しようとする雑霊達を止めるしかないわね」
何故、今年に限って雑霊達がいつもよりも早くに到着したのか。今の彼等にそれを知る術は無い。
横島、冥子、令子、エミ、そしてテレサの五人を乗せた車は、一路砂浜へと急ぐのであった。
一方、沖合の海底では、一体の妖怪が、想像以上に上手く事が進んでいる今の状況にほくそ笑んでいた。
巨大な亀のような胴体に、鋭い爪が生えた太い腕。顔付きは人間に近いが、頭は禿げ上がっており、首が長く、ギョロっとした大きな目をしている。その正体は、海坊主。夜間に突然現れては船を沈めてしまうと言う妖怪だ。
例年よりも早い時間に砂浜を急襲させたのも、この海坊主の指示であった。いつもならば雑多に攻撃を繰り返すだけの悪霊、妖怪達が、今年は組織的に動いている。
「ククク……奇襲は成功したようだな。今夜は、GSにとっても、我々にとっても、一番長い夜になるだろう……!!」
これならば勝てる。作戦の成功に手応えを感じた海坊主は、思わず声を漏らして笑うのだった。
つづく
あとがき
六道家に関する各種設定。
十二神将は、元々調伏された鬼である。
美神令子は、六道女学院除霊科のOGであり、制服は変更された。
六道女学院は創立百年も経っていない。
『冥界』に関する各種設定。
神族のパワーバランスに関する各種設定。
『聖祝宰』に関する各種設定。
テレサのボディは、素材は異なるが、マリアと同型。
これらは『黒い手』シリーズ独自の設定です。ご了承ください。
なお、『聖祝宰』、及び『天智昇』の名前、及び外見は『ビックリマ○2000』からお借りしております。
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